松原ぼたん
その日のリナさんの寝顔はいつになく安らかで、見ている僕も心穏やかになる気がしました。リナさんが目を覚ましました。
「・・・・夢を見ていたわ」
リナさんがぽつりと呟きます。
「どんな夢です?」
「ほんの少し前の夢。あたしはまだガウリイ達と旅をしていて、ゼロスとは会ったばっかりで、まだ魔族だって事も知らなかった頃の夢」
懐かしそうな表情のリナさんを見て胸が痛みます。
「・・・・勘違いしないでね」
と、リナさん。
「あたしは今自分の意志でここにいるのよ。戻りたいなんて思ってないわ」
・・・・まったく、リナさんは魔族より鋭いですね。
そっとのばしてきたリナさんの手を僕は握りました。
「ゼロスのせいじゃないの・・・・」
!? 様子がおかしい!?
「あたしは・・・・後悔なんか・・・・してない。・・・・だから、決して・・・・自分を責めるようなマネは・・・・しないで・・・・」
「リナさん!?」
リナさんはそっと瞳を閉じ・・・・腕の力を抜きました。
「リナさん? リナさんっ!?」
急に重くなった腕を半ば抱きしめる様にして、僕はリナさんを名を半狂乱に叫びました。
その腕からはどんどん暖かさがなくなってゆきます。
「リナさん・・・・」
僕は彼女の亡骸に口づけました。
どうして、僕は魔族なんでしょう。
もともと人間とは寿命が違う。それは分かり切っていた事でした。
それでももう少しは一緒にいられる・・・・そう思ってました。
僕は、そしておそらく全ての魔族は知らなかったでしょう。
魔族と共にいるということが人間の体に悪影響を及ぼすと言うことを。
気づくはずありませんね。他の魔族なら人間が生きようが死のうが関係ないでしょうし、契約を結んだ者は人間であって人間じゃありません。
僕が悪いのでしょうか・・・・?
それに気づいた時点で僕がいなくなればリナさんは少しでも長く生きられたのでしょうか?
たとえリナさんが一緒にいることを望んでも、それを拒否するべきだったのでしょうか。
・・・・魔族らしくありませんね。
けれど、今の僕にはリナさん以上に大切なものなんてないのです。
「アメリア、聞いたのか?」
そう、夕食の席でゼルガディスさんが聞いてきました。
「聞きました」
「俺も聞いた」
と、ガウリイさん。
今回ばかりは珍しいとは思いませんでした。
あたしたちがこの町で再会したのはおそらくそれが原因でしょうから。
「やっはり、ゼロスなのか?」
「ええ、聞いた話ではそうとしか思えません」
最近、この町では法衣姿の魔族か人を殺し続けているとの噂があります。
それを確かめにあたしは来たんです。
「やっぱり魔族と言うことか」
ゼルガディスさんがどこか腹立たしげにそう言います。
けれどあたしにはそうは思えませんでした。
ゼロスさんがリナさんと姿を消した後、あたしは一度だけゼロスさんと会っているんです。
ゼロスさんはリナさんの亡骸を抱えていました。
―――僕では人間をともらう方法が分かりませんから。
そう言ったゼロスさんは、表情こそいつもの笑顔でしたが、どことなく悲しそうでした。
リナさんの葬儀を終え、気がつくとゼロスさんはいなくなっていました。
もう、ゼロスさんは魔族であって、魔族ではない。
そう思ったのはあたしの誤解だったのでしょうか。
「うわぁぁぁぁ!!」
悲鳴!?
あたし達はそろって立ち上がると、そちらに向かい走りました。
そこには、予想通りゼロスさんが、返り血も拭わぬまま立っていました。
「ゼロス、何でこんな事をした!?」
平時なら魔族に向かってこれほど意味のない質問はないでしょう。
けれどガウリイさんはおそらくリナさんを信じたかったのでしょう。
ゼロスさんは、リナさんが好きになった人だから――。
「何故、ですか?」
ゼロスさんは初めてこちらを見ました。
そんなことはあるはずがないのに、何故かやつれた様に見えます。
「こうすれば二度と魔族を好きになる莫迦な人間なんていなくなるでしょう?」
妙に楽しげにゼロスさんは言います。
「リナを莫迦にするな!!」
ガウリイさんが叫びます。
それは違うでしょう。
おそらくゼロスさんはリナさんの死に責任を感じているんです。
確かに形としてはゆがんでいます。
けれどこれもゼロスさんの想いなんでしょう。
ガウリイさんとゼルガディスさんの動く中、あたしは一歩も動けませんでした。
さしたる抵抗もせずゼロスさんは倒されました。
或いはゼロスさんは死にたかったのかもしれません。
けれどその存在が滅びても、ゼロスさんの哀しみだけは何時までもあたしの中に残るでしょう。