松原ぼたん
それは嵐の様だった。いや、嵐そのものだった。
雨が激しく屋根を叩き、未だに家の形を保っているのが不思議な程だった。
この状況の中外に出るのはかなり無謀だろう。
けれどそれでもいいからここを出たいと思わずにはいられない。
あたしの心の中はこの嵐の様に荒れ狂っていた。
何でゼロスとこんなところに閉じ込められてるのよ、あたしはっ。
・・・・もっともゼロスはこんな雨関係ないだろうから自分の意思でここにいるんだろうけど。
そんなことはどうでもいいのよあたしはっ。とにかく落ち着かないのっ。
いっそ目的があるのならさっさと始めてよって感じだわ。
ああもう、ゼロスと意味もなく二人っきりになることがこんなに緊張するとはっ。
今まで、どうして平然としてられたんだ、あたしはっ。
・・・・単にそういう状況じゃなかったって説もあるけど。
「うー」
思わず声に出してうなる。
「どうかしましたか、リナさん?」
不思議そうにゼロスがあたしの顔をのぞき込んでいた。
一瞬、状況が分からず──次の瞬間思い切り身を引いてしまう。
い、いまのは心臓に悪かった。
「傷つきますねー」
表情を変えず、口調だけで悲しげにゼロスが言う。
・・・・あんた、わかっててやってるんじゃないでしょうね!?
ああもう、外の嵐が恨めしい。これじゃ逃げ場がないじゃないかっ。
ってなんで逃げるって発想が・・・・?
・・・・冷静になろう、冷静に。
よし、ちょっとは落ち着いて来たぞ。
「考えはまとまりましたか?」
うわっ。またゼロスが顔をのぞき込んで来た。
再び下がろうとしたが、後ろは思いっきり壁だった。
前言撤回っ、ちっとも落ち着かないっ。
「あ、あんた。いつから人の顔をのぞき込むようになったのよ!?」
出来る限り冷静に言おうとしたが無駄だった。
「いやですね、リナさんだからですよ」
「ど、どういう意味よ!?」
うわ、顔が熱い。
「どういう意味だと思います?」
言いながらゼロスは顔を離した。
絶対分かってやってる、これはっ。
考えたら逃げ場がないのはあたしだけであって、向こうはその気になればいくらでも逃げられるんだわ。
・・・・なんか腹まで立って来た。
「本当にリナさんを見ていると飽きませんね」
「悪かったわね」
「誰も悪いだなんて言ってませんよ。僕は好きですから」
ええい、さらっとそんなこと言うんじゃないっ。
「おもちゃとして好かれてもうれしくないわよっ」
思わず言う。
「では、どう好かれれば嬉しいんです?」
「ふ、深く考えてないわよっ、そんなことっ。だからいちいち顔をのぞき込むんじゃないわよっ」
あああ、支離滅裂だわ。
「では、顔は見えないようにしましょうか?」
「へっ!?」
言ってゼロスはあたしを・・・・抱き締めたぁ!?
・・・・そりゃ、確かにこの状態なら顔は見えないけど、って。
「ちょっ、ゼロス。あんたあたしに逃げ場がろくにないからって好き勝手しないでよっ」
わめきながら暴れる。
「逃げ場? そんなもの僕にもありませんよ」
意外な事を言われて、あたしは思わず動くのを忘れた。
「何でよ? あんたその気になったら精神世界面を通ってどこにでも行けるじゃないの?」
「けれど僕の心はリナさんに捕らわれていますから。どこにも行けませんよ」
だからあんたそういうことをさらっと・・・・って?
「本気?」
「僕が嘘を言ったことがありますか?」
・・・・それはないけど。
「僕はリナさんの事が好きなんですよ」
全く、なんて事だろう。
あたしは笑い出したいような気分になった。
言われるまで気づかなかったなんて。
だから逃げ場かないような気がしてたんだわ。考えたら手段はいくらでもあったのに。
あたしも心がゼロスに捕らわれていたんだ。
だから落ち着かなくて、不安で・・・・今は嬉しくて。
「雨、上がったようですね」
言葉と共に腕が解かれる。
あたしは首だけ動かして外を見た。
知らぬ間に雨は確かに上がっており、大きな虹が目に飛び込んでくる。
「それでリナさん、あのう・・・・」
珍しくゼロスが口ごもる。
一歩下がってゼロスの顔を見る。目があった。
・・・・なんか悔しいからまだ言ってやんない。
その代わり、あたしはそっと目を閉じた。