松原ぼたん
ゼロスはじっと宿の窓の一つを眺めていた。
明かりがついているとはいえ、高い位置にある窓の中はそのままでは見えないし、見る気もなかった。
ただ、そこには愛しい人が確かにいる。それだけが今のゼロスにはすべてだった。
やがて明かりが消えた。
「・・・・お休みなさい、リナさん」
そう、その窓につぶやいてゼロスは姿を消した。
事の起こりは数日前に溯る。
リナには暇なように思われているかも知れないが、ああみえてゼロスは結構忙しい
覇王が何やらたくらんでいる裏でゼラスはゼラスでなにやら思惑があったのだろう。
あの別れから数年、やっとゼロスは一息つけた。
とたんにリナのことを思い出す。
あの少女はどんな女性に成長しているでしょうか?
そう思うと会いたくなった。
呪符の気配を探り、彼女を探す。
その場所の近くに現れると、確かにリナはいた。
そして変わらず側にガウリイの姿も。
それだけなら声をかけるのにゼロスは躊躇しなかっただろう。
しかし結局声をかけることは出来なかった。
二人の雰囲気が知っているものとは微妙に違っていた。
以前から相方を越えた感情が二人の間にあるのは知っていたが、今の雰囲気ははっきりと恋人同士のそれだった。
別に寄り添って歩いている訳でもない。或いは互いの気持ちすら告げていないかもしれない。
しかしそんなことは何の意味ももたなかった。
完全に失った事を知って、初めてゼロスは己の気持ちに気づいた。
また忙しくなる。
そのことがゼロスには有り難かった。
やがてお休みを告げた少女とも敵対することになるだろう。
それがゼロスにはうれしかった。
憎悪と愛情は似ている。忘れ去られるよりはずっといい。
だから今は・・・・。
──お休みなさい。