夢か現か・・・

松原ぼたん 


 とさっ、とあっけない音をたててそれは倒れた。

「ガウリイ!!」

 あたしは慌ててそれ――ガウリイに近づく。

「ちょっと、嘘でしょ?」

 返事はない。

 どんどんガウリイの身体から体温が消えてゆく。

 血と一緒に流れ出している様だった。 あたしは急いで傷口を押さえたが、既に手遅れなのは分かっていた。

 

 

 窓から小鳥がちゅんちゅんとさえずっている声が聞こえる。

 さわやかな朝だった。

「……夢?」

 思わず呟いてから、頬を伝う涙に気づき、急いで拭う。

「ったく、縁起でもない」

 あのガウリイが死ぬだなんて……。

 しかも殺したのが………誰だっけ?

 まあ、いいか。どうせ夢なんだし。

「おはようガウリイ」

 あたしは食堂でガウリイの姿を見つけて声をかけた。

「よぉ、リナ」

 いつもと変わりない様である。

 所詮夢だと思っていても、正直気になっていたのでほっとする。

「ったく、心配してソンした」

 そんな自分に妙に腹が立ってきて、思わすそう呟いた。

「何を心配していたんです?」

 いきなり横から声が聞こえた。

「うわっ」

 いきなりだったので思わず身を退いてしまう。

「ぜっ、ゼロス。いきなり現れないでよ」

 あたしはゼロスに向かって苦情を言う。

「おはようございます、リナさん」

 ゼロスは気にすらしていないらしいにこやかにそう返してきた。

「実はちょっとリナさんに用がありまして……」

「用?」

「そうです、引き受けていただけますか?」

 そりゃあ……。

「ちょっと待て」 思わず勢いで頷きそうになったあたしを止めたのはガウリイだった。

「なんかよく分からないけど、一体何をたくらんでるんだ、ゼロス?」

「ちょっ、ガウリイ?」

 いきなり何を……。

「おや、相変わらずカンは鋭い様ですね」

 ところがゼロスがそれを肯定した。

「たくらんでるだなんてとんでもない。僕はただ上の命令に従っているだけですよ」

 表情一つ変えずに言う。

「邪魔すると言うのなら――排除します」

「リナ、逃げろ!!」

 あまりの出来事に呆然としたあたしを、ガウリイが半ば突き飛ばす様に押した。

 勢いで、誰かが開け放していた扉の外に押しやられる。

 急いで身を翻し――戸口に立ちつくした。

 店内は不思議なほど静かだった。

 ガウリイとゼロス以外誰もいない。残りの人は知らないうちに外に逃げたのだろう。

 そこでガウリイが立っていた。

 黒い錐に身体を貫かれて。

 ふっ、とその錐が消える。

 とさっ、とあっけない音を発ててガウリイは倒れた。

 もう、自分で立てるだけの力もないのだ。

「ガウリイ!!」

 あたしは慌ててガウリイに近づく。

「ちょっと、嘘でしょ?」

 返事はない。

 どんどんガウリイの身体から体温が消えてゆく。

 血と一緒に流れ出している様だった。

 あたしは急いで傷口を押さえたが、それでどうにかなる様なシロモノではない。

 それに、既に手遅れなのは分かっていた。

 目の前が歪んでくる。

「さあ、行きましょうかリナさん」

 すぐ横でゼロスのいつもと同じ様な声が聞こえた。

 あたしは顔を上げた。その拍子に涙がこぼれ落ちる。

「リナさん? 泣いているんですか?」

 どこか困惑したようにゼロスが言う。

「何でこんな事をしたのよ」

「何でって……リナさん?」

 ゼロスに聞き返されて気づいた。

 いや、はっきりと思い出した。

 ゼロスは魔族だったのだ。

 そんなこと忘れかけていた。

「行きましょうリナさん」

 ゼロスの言葉にあたしは首を振った。

「何故です」

「……ガウリイをこのままにしておくわけにはいかないわ」

「では、それが終わったら来てくれますか?」

「いかない。連れて行きたかったら力ずくで連れていくのね」

「どうしてそんなことを言うんです?」

「分からない? あたしは仲間をなくしたのよ」

 涙を拭おうとすら思わなかった。

 そう、あたしは仲間をなくしたのだ。

 同時に二人。

 ガウリイと――ゼロスを。

「どうしてそんなに悲しむのです?」

 ……恐らくあんたにはずっと分からないでしょうね。

「ガウリイさんが死んだのがそんなに悲しいのですか?」

 あたしには答えることが出来なかった。

 ただひたすら、自分でも何を訴えたいのか分からないまま、ゼロスをじっと見つめていた。

 どれくらいそうしていただろう。

「………分かりました」

 不意にゼロスがこう言った。

 あたしの方にゆっくりと手を伸ばしてくる。

 もはや動く気力もなかった。

 ゼロスの手が額に触れた。

 妙にひんやりとした感触を感じた後、あたしの意識は急速に遠ざかった。

『これは夢です。そう思って忘れてしまいなさい』

 遠くでゼロスの声が聞こえた。

『二度目はありませんから……』

 あたしの意識は暗転した。

 

 

 あたしが眼を開くと日はすでに高く登り切っていた。

 えっ、嘘。寝過ごした!?

 慌てて起きあがる。

 目尻にたまった涙を拭う。

 恐らくあくびでもしたんだろう。

 覚えてないけど。

 あたしは急いで身支度をすませると下へ降りていった。

「よお」

 ガウリイがお気楽な声で挨拶をしてくる。

「ごめん。疲れてたみたいで、寝過ごした」

「いや、俺も寝坊したから」

「ふうん」

 珍しいこともあるもんね。

 と、ガウリイの隣にいる人影に気づく。

「ゼロス、いつ来たの?」

「秘密です」

 穏やかな昼下がりだった。

 

 


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