偽りの永遠へ

松原ぼたん 


 夢

 

「どうしてみんなゼロスを知らないのよ!?」

 リナはそう訴えたが皆一様にきょとんとするばかりで一向に思い出そうとしない。

 リナがいらだった。

「それはですねリナさん」

 傍らにまた不意にゼロスが現れた。

「みんな!?」

 代わりに周りの皆が消える。

 いつの間にかリナは不思議な空間に立っていた。暗い闇の中に無数の小さな光が上へと次々と昇っていく。

「ここは? みんなはどこに行ったの?」

 リナは目の前のゼロスに尋ねた。

「さっきの場所は本当の世界じゃありません。リナさんの夢の中です」

「夢!?」

 思いがけない単語を言われる。

「うそでしょ? だってあんなに・・・・。それにどうしてあんな夢を見る必要があるのよ!?」

 夢に意味を求めるなど或いは無意味かもしれないが、それでもそう問わずにいられなかった。

「覚えていませんか、リナさん」

 それに答えずゼロスが言う。

「あなたは僕の言葉に応え、僕の手を取ったのですよ」

 一瞬後、リナははっとした。

「あたしは・・・・死んだのね?」

 ゼロスとともに『全ての源』へ、混沌の海へ返ろうとしたのだ。

「いいえ、リナさんはまだ生きています」

 しかしゼロスは首を横に振った。

「どうして!?」

「確かに僕はリナさんを刺しました。けれど手元が狂ったのか、無意識に躊躇ったのか・・・・致命傷にはならなかったのです。リナさんの体は今も生きています。聞こえませんか? ガウリイさん達が貴方を呼んでいるのが」

 リナは耳を澄ました。

「・・・・聞こえる」

 確かに遠くで誰かがリナを呼んでいた。

 そう意識したとたん、目の前に自分の体とそれを見守っているガウリイの姿が見える。

「さっきいたのは貴方の夢の世界なのです」

 もう一度ゼロスが言う。

 しかしこっちの方がよほど夢のようだとリナは思った。

「あの夢はリナさんの希望や罪悪感、後悔などが混じった物ですよ」

「あたしは後悔なんかしてない」

 リナはゼロスの言葉を否定した。

「本当にそうですか?」

「・・・・それは・・・・」

 答えに詰まる。

「戻ったらどうですか、リナさん。僕が言うのも何ですかまだ皆さんとやりたいことがあるんじゃないですか?」

「それは・・・・」

 リナは口ごもった。

「けど、戻ってもゼロスはいないんでしょう? だったら・・・・」

「このまま死んだとしても僕はいませんよ」

 ゼロスのセリフにリナは言葉を失う。

「・・・・なら、戻れば・・・・」

「残念ながら戻っても会えません」

 僕も混沌に返るつもりだったのですから、とゼロスが付け加えるのをリナはぼんやり聞いていた。

「幸か不幸か僕も滅びることが出来なかったのです」

 おそらくガウリイがリナに気を取られていて手元が鈍っていたのだろう。

「・・・・どういうことなの?」

「魔族が具現出来なくなることと滅ぶことは違うんですよ。僕が今いられる場所はここ精神世界面だけです」

 そこで初めてリナは自分が今どこにいるか悟った。

「・・・・なら、あたしもここにいる」

 リナの言葉にゼロスは確かにいつもと違う笑顔を浮かべた。

「ここでゼロスと一緒にいる」

「・・・・本当にそれでいいんですか? 或いは仲間達の危険を、死を、手をこまねいて見ていることになるかもしれませよ」

「・・・・それは」

 ・・・・ある意味、それは死ぬより辛いことだろう。

「・・・・どうします?」

「・・・・意地悪ね」

 これでは帰らざる終えない。

「約束しますよリナさん。僕が具現出来る様になったら真っ先にリナさんに会いに行きます。たとえリナさんがどんなに変わっていても、生まれ変わっていても必ず探し出します」

 ゼロスが優しい口調で言う。

「あたしも約束する。その時ちゃんとゼロスといられるように魔族と戦わずに済むようにする」

 具体的にどうしていいかは分からないが、そう言わすにいられなかった。

 二人はそっと唇を重ねた。

 

 その後

 

 その後、目を覚ましたリナ=インバースは魔族と停戦しようと人力を尽くしたという。

 そして・・・・1000年後。

 

 千年

 

 1000年前、破れた結界の向こうの世界から入ってきた『科学』という概念は瞬く間に広まった。

 道具さえ有れば誰にでも結果が得られるということは確かに便利ではあるだろう。

 それに伴い魔法は衰退していった。

 今や魔法が使える者は極一握りの者だけである。

 その一握りの中にどれだけ魔族と呼ばれた者が混じっているか正確に知っている者はいないだろう。

 今や魔族は人間の中に混じって暮らしていた。

 1000年前の人ならば信じられないぐらい大人しく。

 それがリナの尽力によるものかどうか、知っている人は誰もいない。

 神族も何も干渉してこなかった。

 魔族が何もしないのでそれに習ったのか、或いはそれ以外の理由が有るのか。

 天敵と畏敬を抱く存在、両方を見失った人類は少しずつ方向を狂わせた。

 遠からず人類は自らが滅びの道を歩んでいることに気づくだろう。

 或いは魔族はそれを知ってたいたのかもしれない。

 しかしとりあえず一人の少女には関係のない話だった。

 

「待ち合わせの場所間違わないでよー」

「分かってる。赤の竜神の像の前にお昼でしょー」

 それだけ言って少女は人混みの中に入っていった。

 別に目的の場所が有るわけではない。

 ただ少女は都会に来たのが初めてなので周りにいる人々や、高いビルの群すら興味深いのだ。

「さてと、どこに行こうかな」

 そうつぶやいてガイドブックをめくる。完全に行き当たりばったりだ。

「赤の竜神の像がここだから、途中よれるのはここと・・・・」

 当然の事ながら人混みの中で本を読みながら歩くと他人にぶつかる。

「ごめんなさい」

 反射的に頭を下げ、それからゆっくりと顔を上げた。

 どこかで見た顔だと思った。

 以前はこんな格好はしてなかったはずだけど・・・・。

 そこまで考えてこんなところに知り合いがいるはずがないことに気づく。

「嫌ですね、僕の顔に何か付いていますか?」

 にこにこと笑顔でぶつかった人に言われ、少女はもう一度謝った。

 しかしどうしても気になる。

「ねぇ、どっかで会ったことなかった?」

「秘密です」

 

 
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