一姫 都
「きゃぁっっっ
ほらっっヴァルっ!!
そっちのシーツの裾が地面についてるわっっ。
ああっっもうっっ」
「あ゛――、もうっっ!!
しょーがないだろっっ、フィリアっっ
ほら、早く全部取り込まねえと…」
「あ、そうだったわ。きゃぁあああっっ!!
お気に入りのワンピースがっっっ」
先程から降ってきた、予想外の雨のおかげでフィリアとヴァルガーヴは、
洗濯物を取り込むのに大忙しであった。
雨の勢いはますます強くなり、ついには遠くの空に雷雲まで見えてきた。
雨に打たれながら、すべての洗濯物を回収し、家の中へ駆け込む二人。
「やああんっっ
朝は、あんなに晴れていたのにっっ
あ゛あ゛っっもう見てよっっ!!これなんて、ヴァルガーヴようにって、わざわざ
かってきた高いズボンなのに、泥で汚れてるし、この枕カバーだって…」
「はいはい」
とめどなく続きそうだったフィリアの話を、無理矢理止めるヴァル。
「話しは、身体ふいて、この山の様な洗濯物を部屋じゅうに掛けてから
しろよな。」
そういって、タオルケットをフィリアに渡すヴァル。
「そ、そうね。風邪でも引いたらたいへんだわっ」
言われたとうりに、タオルで体中をふき、洗濯物をかけ始めるフィリア。
ただ黙々と、洗濯物をかけ続けるヴァル。
「…そういえば、
いくらか前にもこんな雨が降ったわよね。」
なにかを思い出したように、フィリアが呟く。
「…そうだっけ?」
「そうよ…」
くすくすくすくすくすくすっっ
そして、ふいにフィリアが笑い声を上げる。
「わっっ…な、なんだよ」
「やーーっっ、いやあね。
あのときのヴァルの事思い出したら…お、おかしくって…
あははっっ」
そういって、再び笑い始めるフィリア。
「…は?
なんだよ。俺の事って…」
他の事ならいざしらず、自分の事で笑われているのだから、
その内容は、とても気になる。
「おぼえてないの?
…まあ、小さい頃だったしねぇ…
ほら、こんな風に酷い雨だったとき、あなた、屋根裏部屋に
閉じこもった事があったでしょう」
…屋根裏部屋……?
あ゛っっ…!
「…思い、だした……」
それは、いままで思いだしもしなかった記憶。
いや、自分から進んで封じ込めていたもの。
それは、いまからさかのぼること、何ヶ月前の事であろう…
その日俺は、朝からしきりに降り続いていた雨のせいで、
外で遊ぶことが出来ず、家の中で暇を持て余していた。
しかたなく、宿題でもしようかと部屋にむかった。
すると、通りかかったジラス達の部屋から、なにやら声がする。
「…それにしても、ヴァルガーヴ様ってば、日に日に大きくなってくよなぁ」
「そうだなあ、うれしいよなあ」
…俺の話?
その時の俺は、まだ生まれてから5ヶ月程だったが、
言葉を聞き取り、理解する能力はすでに持ち合わせていた。
(生まれてから5ヶ月とはいっても、成長の早い竜族なので、
人間の子供でいえば10歳位だと思って下さい 汗)
「それにしても、…あねさんがんばるよなぁ…」
「そうだな、あの人がいなきゃこうはいってなかったな」
…あねさん、て
ああ、フィリアお母さんのことかぁ…。
「本当に、…実の子供でもなんでもないヴァルガーヴ様を、
ここまで立派に育ててくださるなんて…」
…え??
「そうだよなあ、はっきり言っちゃあ、赤の他人の子供を育てるなんて、
なかなか出来ることじゃぁないよなあ…」
…え゛え゛え゛っっーーー
…俺が、フィリアお母さんの子供じゃない???
そ…そんなあ……。
「ヴァルー?
どこにいるのーーっっ
夕御飯の時間よっっっ」
「どうしたんですか?あねさん」
「ああ、ジラス
ヴァルガーヴ見なかった?
さっき二階にあがったっきり、姿が見えないのよ」
「ええ!?」
「あねさーんっっ
ちょっと来て下さいようっっ」
二階の奥の部屋から、クラボスの叫び声がする。
その声を聞き、急ぎ足でかけ付ける二人。
「何!?」
「いや、あの…ヴァルガーヴ様が、ここから出てこないんですよ」
「ええ!?」
二人同時に叫び、クラボスの指さす方向を見る。
「…屋根裏部屋?」
「ええ、しかも、中から鍵がかかっててあかないんすよ。」
「…それにしても、なんでこんな事に…?」
「さあ、…あ゛っっ!!」
突然に、クラボスが大声を上げる。
「なっ…びっくりした…どうしたの?」
「…もしかして…
ヴァルガーヴ様、さっきのおいら達の話聞いてたんじゃあ…」
「…あ゛…」
すっかり青ざめた顔を、見合わせるジラスとクラボス。
そんな二人に、冷ややかな視線をおくりつつ
静かに口を開くフィリア。
「…さっきの話って、何のことなのかしら?」
「…あ、あっと…実は…」
そのフィリアのただならぬ雰囲気を感じ取り、恐る恐る話し始める二人。
「…へ!?」
フィリアが間の抜けた声を出す。
「…だから、ヴァルガーヴ様があねさんの子供じゃあない…
ってことを聞いたんだと思うんですよ。それで、そのショックで
ヴァルカーヴ様は、ここに閉じこもってるものだと…」
「…うーん」
腕をくみ、しばし考え込むフィリア。
「…あれ?
言ってなかたっけ…?そのこと」
「…あねさん……?」
「もしかして、ヴァルガーヴ様があねさんの子供じゃないってこと、
『内緒』にしてたわけじゃなくって、…『言い忘れてた』だけ
なんですか…?」
「うん。」
あっさりとうなずくフィリア。
「そんなぁぁぁっっ!!
俺ら、いままで、あねさんがその事内緒にしてると思ってましたぜっっ!?」
「なんで内緒にしなくちゃいけないのよ」
「だって、本当の家族じゃないなんて知ったら、ヴァルガーヴ様
悲しむじゃないですかっっ!?」
「はあ?」
怒ったように口を開き、クラボスの頭を叩くフィリア。
「いてっっ
あねさんっっなにするんですかぁっっ!?」
「あんたが、間違った事いうからよ」
「…へ……?」
殴られた頭を押さえつつ、フィリアを見返すクラボス。
「…間違ったこと…って?」
「いい!?
ヴァルは、確かにあたしの子供じゃあないわっ
でもね、
家族じゃない…なんて思ったことは、一度もないわっっ」
強く、静かな口調で言い放つフィリア。
「…あねさん……」
「…それだけは、言って置くわ」
そう言って、部屋の外に出ていくフィリア。
「あ、そうそう
スープがさめちゃうと困るから、早くヴァル下につれてきてよ」
「…はい。」
フィリアが階段を下りたのを確かめ、しゃべり始めるジラス。
「…やっぱり、あねさんかっこいい」
「…そうだな。」
そう言って、だれとも知れず笑い始める二人。
「…家族か、そうだな」
「家族に本当も嘘もないもんな…」
言い終え、笑いを止めるクラボス。
そうして、部屋の隅にある、屋根裏部屋へと続く扉を見つめる。
「きいてましたか?
ヴァルガーヴ様っっ」
かたんっっ
言葉を投げかけたとたん、扉の揺れる音がする。
どうやら、いきなり言葉を投げかけられた事に、扉の向こうの子供が
驚き、身を縮めたらしい。
「さあ、そろそろ出てきて下さいな。
そうでないと、スープが冷めてしまいますよ」
呼びかけるように言うジラス。
かちゃん…。
鍵が開く音がし、扉がゆっくりと開く。
そして、中から一人の子供が姿を現す。
その子の目は赤くなっており、泣いたのだとすぐに検討がついた。
「もう大丈夫ですか?
ヴァルガーヴさま」
ジラスの言葉に、こくんと頷くヴァル。
「俺らの話、聞いて驚いたんですね」
「うん…」
「…さっきのあねさんの言葉も、ききましたよね?」
「うん…」
「あねさんの本当の子供じゃないって聞いて、
あねさんのこと、嫌いになりましたか?」
「ううんっっ」
首を必死に横に振るヴァル。
「じゃあ、大丈夫ですね。」
「うん…」
いまいち元気が出ない様子のヴァル。
「ほら、元気だしてくださいよっっ」
「そうそう。
それに、あねさんの子供じゃ無いって事は、
あねさんと結婚だって出来るんですよっっヴァルガーヴ様はっ」
「結婚?」
「結婚すれば、あねさんとずっと一緒にいられるんですぜっっ」
「結婚ってなに…?」
「あ…あっと、結婚っていうのは、好きな人同士が好きだって事を
神様の前で誓うことです」
「それすると、フィリアお母さんと一緒にいられるの?」
「そうですよっっ」
「だから、そのためにはあねさんが、好きになってくれるような
いい男にならなきゃ」
「いい男?」
「はい」
「とりあえず、いっぱい食べて大きくなりましょう」
「…うん。
俺、いい男になる」
「じゃあ、下に下りて一杯ご飯食いましょう」
「うんっっ」
「…なつかしいわぁ…」
事を思いだし、思いでに浸るフィリア。
外では、まだ延々と雨が降り続いている。
「あ、そうだ。
ねえ、あの後下に下りてきたと思ったら、
急に元気になってたじゃない?
あれ、どうして?」
「なんでもねぇよ…」
言って、少し顔を赤らめるヴァル。
「えーー!?
何で顔赤くするのようー?
気になるじゃないっっねえ、なぁにっっ」
「なんでもないってっっ」
「ええーーー?
あっっジラス、ちょうど良いところに来たわっっっ
教えて欲しいことがあんのよっっ」
「わあ゛っっっ
ジラスっっ言ったらころすぞぉっっっ!!」
家の中にヴァルの叫び声が響きわたる。
その後、フィリア・ヴァルに脅されまくったジラスが
それに耐えられず、
屋根裏部屋に閉じこもったことは、
言うまでもないのかも知れない…。
END