病?

雪華音緒


  それはある朝の食堂でのお話。

「はぁ……」
 憂鬱にため息をつくリナを、別のテーブルで遠巻きに見ている三人の姿があった。
「おかしい…。ぜっっったいに、おかしいですぅぅ!!」
 どんっ!っと、テーブルに片足をのっけて力説するのはアメリア。
「うんうん」
「何か、ヘンな物でも食ったんじゃないのか?」
 そう冷ややかに答えるのはゼルガディス。
「うんうん」
 腕を組み、相槌をうつのはガウリイ。
 この三人は、別のテーブルでため息ばかりのリナについて話あっているようだ。
「もしかして、病気……なんじゃないでしょうか?」
「うんうん」
「まさか、あの、リナが…?」
「うんうん」
 先ほどから「うんうん」とふたつ返事しかしないガウリイ。それに肩を竦めるゼルガディスに対し、
アメリアは心配そうな視線を投げかける。
「あのぉ……ガウリイさんはどう思いますか?リナが病気で辛そうとか、悩み事を抱えているとか…気
付いたことはありませんか?」
 アメリアのこの質問に、ガウリイは大きく頷き、
「……あの日だな」
「爆炎舞(バースト・ロンド)」
 ちゅどどどーん!!
 リナはすくっと立ち上がると、何事もなかったかのように外へ出て行ってしまった。
 残されたのは、ぴすぴすと音を立てて焦げているガウリイと、イスを盾代わりにして災難を回避した
アメリアとゼルガディス。二人は顔を見合わせて、同時にため息をついた。


「まぁったく!ちょっとあたしが物思いにふけっていただけで、病気だのなんだの勝手に噂して…」
 そう愚痴をこぼすも、今日のリナは珍しく元気はなかった。
 昨晩、盗賊イジメに出かけたが大した収穫がなく、がっかりしながら就寝するもなかなか寝付けず。
そして今日の朝食も3人前止まり。それがアメリア達の不安を煽ったのだが…。
「なんだかな〜。食欲もなければのぼせてるようで、めまいもするし……」
「それはいわゆる、更年期障害ですか?」
「そうそう。耳鳴りはするし、倦怠感があったり、憂鬱になったり…………。
 神滅斬(ラグナ・ブレード)!で、その辺の魔族を斬りつけたくなったりぃぃ!!」
「――ははっ。冗談がお上手ですね、リナさん(はぁと)」
 神滅斬を白羽取りをし、にこやかにご登場したのは自称、謎の神官のゼロス。
「ゼぇぇロスぅぅぅ!何しに来た!!」
「いや〜。おいしそうな負の感情が漂ってたので、ちょっとご馳走になろうと参ったのですが?」
「ご馳走になろうと参ったのですが?……じゃないでしょ!!だいだいなんであたしが更年期になるわ
け!」
「あれ?そういうお年頃になったのかな、と思ったのですが?」
「……いっぺん滅びてみる?」
「リナさんも含めたこの世界とご一緒であれば、僕の望むところですがね?」
 世界と己の滅びを望む魔族に対し、滅びを与えるという言葉は脅し文句にならない。リナはそう考え
ると闇の刃を消して、とりあえず冷静になろうと大きく呼吸を整えた。
「こうしていると、僕たちって夫婦のようですよね!」
「んなっ!?なっ、何を言い出すのよ!こ、このスットコ神官!?」
 唐突の言葉にリナの頬はほてり、脈が激しく波打った。決して更年期のせいではない。
「だって、お似合いじゃないですか?息もあってますよ、夫婦漫才(はぁと)」
「はっ?」
 目を点にしたリナだったが、その顔がどんどん真っ赤に染まる。それは先ほどの動揺によるものでな
く、怒りによるものだった。

 ―― 黄昏より昏きもの 血の流れより紅きもの ――

 赤面しながら印を組むリナを、ゼロスは微笑ましく見つめ、
「ふふっ。リナさんの負の感情は格別でしたよ。ご馳走さまでした〜」
 そう陽気な言葉を残し、虚空へと消えてしまった。
「くうっ…………竜破斬ぅぅ!!!」
 一人残されたリナは、こみ上げる怒りを抑えられずに空に向かって竜破斬(ドラグ・スレイブ)を解
き放つが、無駄な魔力を使ったとわかるとがっくりと肩を落とした。



 それはある夜の食堂でのお話。

「はぁぁぁ……」
 憂鬱に深く長くため息をつくリナを、別のテーブルで遠巻きに見ている三人の姿があった。
「おかしい…。ぜぇぇったいに、おかしいですよ、ねぇ…」
 声をひそめながら、椅子の上に正座をして語るのはアメリア。
「うんうん」
「……どっかの大食い大会にでも出場したんじゃないか?」
 関わりたくないという態度か、そっぽを向きながらも呟いたのはゼルガディス。
「うんうん」
 腕を組み、相槌をうつのはガウリイ。
 この三人は、別のテーブルでため息ばかりのリナについて話あっているようだ。
「大食いだったらため息の意味がないですよ?やっぱり、病気……なんじゃないでしょうか?」
「うんうん」
「うーむ、あのリナが…?」
「うんうん」
 先ほどから「うんうん」とふたつ返事しかしないガウリイ。それに首を横に振るゼルガディスに対し
、アメリアは困ったように視線を投げかける。
「あのぉ……ガウリイさんは……いえ、なんでもありません」
 質問を取りやめたアメリアだったが、ガウリイは大きく頷き、
「……あの日だな」
 ……………………………………………………がたんっ!
 リナはすくっと立ち上がると、何事もなかったかのように2階へと上がって行った。
 残されたのはイスを盾代わりに構えるアメリアとゼルガディス。ただひたすら相槌をうつガウリイの
無事を二人は確認すると、二人は同時に深いため息をついた。


「まったく……今日は疲れた。物思いにふけるだけで、外野は大食いだの病気だと噂するし……」
 ため息つきながらディナー3人前しか食べないリナを心配し、離れて見守ってた旅の連れだったのだ
が、そこの配慮まではリナには伝わってないようだ。
 愚痴をこぼしながらリナは宿部屋に入ると、そこに何故かゼロスが待ち構えていた。
「……今度は何しに来た?」
「いや〜。おいしそうな負の感情が漂ってたので、ちょっとご馳走になろうと参ったのですが?」
「なんか……動悸がして、頭が痛い……」
 ゼロスの言葉に、もはやツッコミする気力すらなくなったリナは、頭を抱え込んだ。
「おや?もしかして風邪ですか?風邪を引いた時は、首にネギを巻くといいのですよね?」
 どこかから長ネギを一本取り出して助言するゼロスに、リナの頭痛が激しくなるようだった。
「……あんたの知識は、婆ちゃんの知恵袋かい?」
「ネギ、巻きません?」
「誰が巻くんじゃぁぁ!!帰れぇぇぇ!!!」
「そんなぁ……これからおいしい所なのに……」
 残念そうに呟きながらも、ゼロスは要望に答えるように姿を消す。
「ぜぇ…ぜぇ……。まったく、人を何だと思ってるのよ!まあ、魔族が人を人としてどうみているのか
が疑問だけど……」
 独り言を呟きながら、リナはベッドの方へと歩み寄る。ベッドの上に長ネギが置かれているのに青筋
を立てたくなるが、ここは怒りを抑えて長ネギをテーブルの上へ移動させて振り返った。
「……まだ用があるの?」
 ベッドに腰掛けるゼロスに向かって、リナは殺気を込めて問う。
「はいっ。リナさんの症状から、ある病気の名前が判明したのでご報告に参りました(はぁと)」
 ぷちっ――
 リナは顔を伏せ『混沌の言葉』を綴られた言葉をなぞり印を組む。
「食欲不振、のぼせ、睡眠不足。情緒不安定によるその他の症状。そして動悸…すなわち胸がドキドキ
したということは……恋の病ですね(はぁと)」
「――こっ!?恋の病ぃぃ!!??」
 ゼロスの口から予想外な言葉にリナは絶叫した。
「僕に会ってそのような症状が起きたなら、恋の相手は誰ですかね〜?」
 答えを言っているようなものだが、そこはあえて質問を返すゼロス。

 ―― 闇よりもなお昏きもの 夜よりもなお深きもの ――

 リナの答えは魔力で返すようだ。そんな態度のリナに対し、ゼロスは嬉しそうに微笑んだ。
「僕と一緒に滅びるつもりですか?そのリナさんの愛、受け取りますよ」
「ぬぅっ!……………………重破斬!!(ギガ・スレイブ)」
 精神力を媒体に呪力を解放される……のだが、ゼロスの発言に激しく動揺した為か、重破斬は発動し
なかった。
「……おやおや?これでは一緒に滅びることもできませんよ?」
 別にリナはゼロスと共に滅びたいわけじゃない。ただ目の前にあるものを消し去りたい一心で呪文を
唱えたのだ。
「魔法が使えないほど、恋の病というのは重いのものなんですね?
 恋の病に特効薬はないといいますが、それならば治るまで僕が側で看病しましょう(はぁと)」
「ち…ちっがーーう!!あたしは病気じゃなーーーい!!!」
 精一杯のリナの魂からの訴えも、この傍若無人なゼロスには届かなかった……?



病?