ネオ=スノー
「ゼロス、私に隠し事していない?」
獣王の突然の質問に、ゼロスはまともに顔をこわばらせる。
仕事帰りに寄り道をしていることに気付かれてしまったのかと、彼は焦った。
「また、あの人間の娘に会いに行っているとか?」
「どっ、どうしてそれを?」
その彼の言葉に、獣王はため息ひとつ。
激しく動揺しているゼロスは、獣王の言葉を認めてしまったことに気付かない。
「所詮は魔族と人間。いくら好きあっても、相容れない同士というのに……。
言われるまで気づかなかったわ。あなたがあの人間の娘……そう、アメリアっという巫女が好きだったなんて」
「……はっ?」
獣王の予想外の言葉にゼロスの目がテンになる。
どこかで何かが倒れる音と皿が二枚ほど割れるような物音がきこえたが、それを気に留める余裕はない。
「僕は、アメリアさんにそういった感情を持ちあわせていないのですが……。獣王様、いったい誰からそのような話をお聞きになされたのですか?」
「ダルフィンが言っていたのよ。あなたが巫女、シスターが好きだってね」
なんで海王がそんなことを言ったのだろうか?獣王が何かを勘違いしているのでは?と思ったゼロスは、シスターが好きっという言葉にある推論を出した。
「……もしかして海王様は、僕が『シスターコンプレックス』では?――とか、言われたのではありませんか?」
「あらっ?よくわかったわね」
獣王の言葉にゼロスはこめかみを押さえる。
「獣王様、シスターコンプレックスのシスターは巫女ではなく、姉妹という意味です。
だから巫女が好きなわけでなく、姉妹を好きな方をシスターコンプレックスっていうのです」
そこまで説明したゼロスだが、――自分に姉妹というのはないのに――と、海王が何を言いたかったのか首を傾げる。
「わかったわ。そういうことだったのね!」
がしっ!とゼロスの両手を握り、獣王は瞳にうっすらと涙を浮かべてひとり頷く。
その様子にいやな予感が走ったゼロスなのだか、振り切るわけにもいかないので次の言葉を待つ。
「これでダルフィンが『私たち魔族も兄弟姉妹みたいなものよね』って言った意味を把握できたわ。そうよ、私たち、兄弟姉妹みたいなものよね!」
神妙な面持ちで、ひとり納得する獣王。どう意味だったのか把握できないゼロスは、獣王の言葉を頭の中で整理する。
魔族が兄弟姉妹っていうことなら、獣王様と自分は姉と弟というところであろうか?それでは、自分が獣王様を好きで好きでたまらないっという意味だったというのか?
そう結論をだしたゼロスにさらに追いうちをかけるように、熱い視線で獣王がみつめてくる。
自分は獣王様に絶対の忠誠を誓い、深く信頼もしているが、そういった感情とはちょっと違う……と思っている。
「いえ、その……海王様はきっと、そのような意味で言ったのではないのではないかと……」
しどろもどろしてのゼロスの言葉には、獣王は首を横に振る。
「誤魔化したい気持ちはわかるけど、好きなものはしょうがないのよ。この際だからはっきり告白してきなさい。シェーラだってわかってくれるわ」
「……えっ?」
再びゼロスの目がテンになった。
何故、シェーラ??魔族が皆兄弟なら、彼女はゼロスにとっては妹みたいなものということか?
「……ちょっと待ってください!シェーラさんを、ですか!?
そんな噂でも覇王様に知られたら、僕は滅ぼされてしまいますよ!!違います!それは誤解です!!シェーラさんには覇王様がぴったりです!ええっ!!」
慌てて言い繕うゼロスには理由があった。シェーラを溺愛する覇王のことは、魔族の間では有名でもある。
シェーラを彼女にしたいっと冗談で言った魔族が、精神世界からの攻撃で滅ぼされたことは数日前にもあったこと。ヘタに悪口に聞こえることを言っても身の危険は大きい。
それだけ愛されていることに、シェーラご本人は気付いてはいないようだが……。
「あらっ?それじゃあ、ガーヴが好きだったのね?」
あさっての方向から鍋やらフライパンが派手にひっくり返った音がしたが、確かめようとする余裕はない。ゼロスもひっくり返りたい気分だったが、獣王がしっかり手を握っているのでそれはできなかった。
「なんで魔竜王様になるのですか!?魔竜王様は男ですよ?」
「そう?例のセーラー服姿になったのは、ゼロスのために姉になったわけではないの?」
――セーラーガーヴ――その姿を思い出したゼロスは文字どおり固まってしまうのだが、それでもなんとか復活して手を振り払うと、肩を震わせながら獣王を見上げる。
「違います!!僕が好きなのはアメリアさんでもシェーラさんでも、ましては魔竜王様でもありません!!」
「じゃあ、誰だというのかしら?」
不適な笑みを浮かべるその獣王に、あることに気付いたゼロスは喉元まで出かかった言葉を慌てて飲み込む。
苦笑するゼロスと、それを面白そうにみている獣王。
ショートしかけた思考回路を正常に戻し、口元に人差し指を持っていって一言。
「それは、秘密です!」
得意文句で質問をかわすゼロスに、獣王は楽しそうに微笑む。
「わかったわ。今日はここまでにしてあげる」
「獣王様、僕の反応を見て遊んでいたのですね?」
「秘密よ(はぁと)」
くすくすと笑い声をあげて答えた獣王に、ゼロスは肩をすくめる。
ちょうどその頃、ガレキの中からよろよろと這い上がって来たのは海王ダルフィン。
「ゼラス、侮りがたし……。私も遊ばされていたようね……」
獣王たちをからかうつもりが、どうやらこちらが遊ばれていたとわかった海王は、がっくりと肩を落とすとヤカンやらフライパンなどをかき分け、その場を後にする。
その海王の頭に鍋が被さっていることには、ご愛敬ってことで(笑)