ネオ=スノー
薄暗い部屋の中。小さな進入者は明かり(ライティング)を手に、あたりの様子を伺う。
机の上には黒水晶。棚には赤や緑の液体の入った瓶に、鉢植えのマンドラゴラ。天井にぶら下がっているのは禍々しい絵札、ヤモリの干物。ついでに干し柿、アジの干物…。
どういう趣味か思考かわからないが、この状況を見たかぎりではここの部屋の主は怪しい。とことん怪しい!!
そう思った小さな進入者はすべてを見なかったことにして、立ち去ろうと後ろを振り返った。
「こんにちは、ヴァルさん」
唐突に目の前に現れた黒い影。小さな進入者はびっくりして尻餅をつく。
「俺は悪くない!ひとの遊び場に勝手にテントを張るから文句をいいに来たんだ!……って、なんで俺の名を知っている?」
ヴァルと呼ばれた少年は、目の前に立ち塞がる怪しい人物に問い掛けた。
その人物は全身を真っ黒なローブで身を包み、やばいことやっていますよ〜っという恰好だが、フードから覗かれる顔には好印象を受ける。
もっともそれが、必要以上の怪しさを醸し出しているのだが……。
「私は謎の占い師です。あなたがここに来るのはわかっていましたから」
「ふぅん?自分でわざわざ謎とつけるあたり、確かに謎だ」
「だから謎の占い師なんですよ。
丁度いいですから、あなたのこれからのことを占って差し上げましょう」
「嫌だ」
「おやっ?どうしてです?」
「フィリアに自称謎な奴には近寄るなって言われている。だから帰る」
「……そのフィリアさんが、あなたを置いていなくなると言っても?」
「なっ!?」
「詳しく説明しますから、席に座ってくださいね」
そうにっこり微笑む謎の占い師を睨む付けるヴァル。
はっきりいってこれ以上、この謎の占い師とはかかわりたくないが、フィリアがいなくなるという意味を知りたかった。無論、謎の占い師の言葉を信じるわけではないのだか。
ヴァルはしばし悩んだあげく、仕方なしに席に座る。面倒くさそう頬杖ついてそっぽを向いて謎の占い師の言葉を待つ。
満足げに頷いた謎の占い師は淡々と語り出した。
「生物は基本的に同じ種のよりよい子孫を残そうとします。
魚類と哺乳類が子孫を残せないというように、そして哺乳類でも、犬と猿といった別の種でなく、犬は犬、猿は猿。竜は竜というように。
そして、同じ種でもよりよい子孫、血統を残そうとするのも生物に組み込まれています」
ヴァルは大人しく謎の占い師の言葉に耳を傾ける。
「こういう実験がありました。
血統証付きペルシャのメスと雑種のオスが恋仲でした。
そこに、血統証付きペルシャのオスをつれてくるとどうでしょう?先ほどまで仲良しだった雑種には目もくれずに、同じ血統のペルシャと仲良くなりました。
純血の血統を持つものほど、同じ血統を持つものと子孫を残すという結果です」
「……どういうことだ?」
「平たくいますと、純血の黄金竜であるフィリアさんが、あなたを置いて同じ黄金竜といっしょになるということです。まあそれも生物の性でもありますし」
「冗談じゃない!!フィリアがいなくなるなんて、そんなことあってたまるか!!」
激しく動揺し、取り乱すヴァル。そんな彼に謎の占い師は咳払いをひとつ。
「今は黄金竜と出会う環境でないですが、いつ、どこで運命的な出会いがあるとはわかりません。もしかしたら今日にでも黄金竜からの招待状とか来ているかもしれませんね」
「させるか!!」
ヴァルは勢いよく立ち上がると、テントをくぐり抜けて走り出した。
「子供は純真ですねえ」
くすくす笑いながら走り去るヴァルを見送る謎の占い師。
先ほどまで手ぶらだった彼の手には赤い玉のついた錫杖。いつ持ったか謎のそれをくるっと回す。
テントが小さくなって一枚のハンカチとなり、それを拾い上げると謎の占い師は消えてしまった。
「フィリアがいなくなるなんて、俺を置いていなくなるなんて、そんなの嘘だ!!」
草むらを突き進み、小石に足を取られて転びながらもひたすら走り続ける。
傷だらけに汗だくで家に戻ったヴァルは、台所で鼻歌を謡いながらお菓子を作っているフィリアの姿を確認する。
「あらっ、ヴァル?今日は早いのね。おやつはもうすぐ出来上がるから手を洗ってきなさい」
優しく声と笑みをかけるフィリアにヴァルはほっと胸をなで下ろした。
「うん、そうだよな。フィリアがいなくなるわけないんだ」
ばしゃばしゃと手と顔を洗うヴァルは、あんな怪しい占い師の言葉を信じてしまった自分を恥じた。
安心しきったヴァルはテーブルについて、おやつが出来上がるの待つ。
椅子に座って足をぷらぷら振って、何が出来上がるかわくわく。
まだかとフィリアの後ろ姿を見つめていたが、エプロンのポケットに入っている手紙に気付いて首を傾げる。
「フィリア、その手紙は??」
「ああ、これね。水竜王側の神族からのパーティーの招待状よ。なんでも長老のお笑いショーご披露らしわ」
黄金竜からの招待状!?
「よこせっ!」
「なっ!?ちょっとどういうことよヴァル!?」
手紙をひったくったヴァルに、慌ててフィリアがそれを取り上げる。
「そんな手紙燃やしてやる!俺の大切なものを奪う黄金竜なんていなければいいんだ!!」
「!?」
ぱんっ!
勢いでひっぱたいてしまうフィリア。自分がしたことにびっくりし、飛びのくフィリアの手から離れた手紙をヴァルはぱくっとくわえる。その目は何か言いたげに涙で潤んでいた。
「ヴァル……そんなに黄金竜が嫌いなの?」
何も言わずに家を飛び出してくヴァルを、フィリアは呆然と眺めていた。
その様子を高みの見物していたらしい謎の占い師は、肩をすくめる。
あてもなく走り続けたヴァルもさすがに疲れて歩きだす。手紙を握り締めて憂鬱にため息をつく。
「フィリアは俺が嫌いなのか?」
「それはどうでしょうねえ?私が占ってさしあげましょうか?」
いつの間にか横について歩いている謎の占い師を一瞥すると、そのまままっすぐ歩きつづける。
「あの〜、無視されると寂しいのですけども……」
寂しそうに告げる謎の占い師の言葉を完全に無視のヴァル。
「……世の中には純血だけでなく雑種もいます。生物はよりよい子孫を残すために優秀な相手を選ぶからです。
別々の種から産まれた新しい種が、今までの種にかわって繁栄することもあります。産まれた子孫が優秀であるか否かは時間がかかるものです」
「……何がいいたい?」
「あなたは黄金竜より優れています。フィリアさんが新しい種を、優秀な子孫を残す可能性もあります。占いは最後まで聞くものですよ。
まあ、このままヴァルさんがいなくなったら、フィリアさんは黄金竜の群れに帰って二度とあえなくなりますねえ」
「じゃあ、どうすればいいっていうんだ!!」
隣りの謎の占い師を怒鳴りつけるのだが、すでにその姿はなかった。
「ヴァル〜」
遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。振り返ればフィリアがこちらに駆けてくる。
ものすごい勢いで駆け寄ったかと思うと、がしっとヴァルを抱きしめる。
「くっ、苦しい……」
「ヴァル!今、魔族が近くにいなかった?怪我はしていない?」
ぽんぽん身体を叩き、外傷がないことを確認するとほっと一息き、へなへなと座り込む。
こんなに自分のことをすごく心配してくれたフィリアに嬉しくもあり、申し訳ないとヴァルは素直に思った。
「フィリア、ごめん。手紙返す」
「別にいいわよ。どっちみち行くつもりはなかったから。
それよりヴァル……」
「……なに?」
まっすぐな視線でみつめかえしてくる彼に、黄金竜が嫌いかということは聞く気にはなれなかった。
「フィリア、帰ろう」
そう、差し伸べられた手をフィリアは両手で握り返した。
「ヴァル、晩御飯は何がいい?」
「フィリアが作ったのであればなんでもいい」
そう答えるヴァルの顔が赤いのは夕焼けのせいか?
仲良く手を繋いで家路に戻るふたりを、夕焼けは静かに照らしていた。