矛 盾

雪華音緒


 「世の中、いったい何が正しいのかわからないわ」
 憂鬱にため息をつきながら呟くあたしを、ゼロスが不思議そうに顔を覗き込む。
「何か悪いものでも食べたのですか?」
「(ぴきっ)……それってどういう意味かしら?」
「深い意味はないです。単純にそう思っただけですから」
 さらりと言いきったゼロスを前にし、あたしは再びため息を吐く。
 ……こいつを話し相手に選んだのは、失敗だったかもしんない……。

 世の中は矛盾ばかり。誰がみても悪いことを正義と言い切る輩は星の数。無論、そんなことにいちいち気を病むあたしではない。
 あれは数日前……仕事の依頼で魔族と戦う羽目になった。
 召喚者の命令で何かを死守する魔族を滅ぼしたのだが、魔族が守ろうとしたものを知って愕然とした。 魔族が守っていたのは小さな人間の子供。
 滅びゆく魔族に泣き付く子供を、依頼主である神に仕えしものが命を奪った。
 そりゃ、神に仕える身にとっちゃ魔族と慣れ親しむ者は『万事死に値する!』だろうが、問答無用に命を奪うとは……。抗議するあたしの訴えは退かれ、それを理由に依頼料も踏み倒されてしまった。
 あの時に阻止することが出来れば……悔やんでも悔やみきれない。いくらあたしが騒いでも、もう子供の命も依頼料も戻っては来ない。
「リナさん、飲みます?」
 気を利かせてか、ゼロスはホットミルクを差し出す。
 あたしはそれを断ると、また自分の世界に入っていった。
 ちなみにあたしが倒した魔族は、魔導士の親が子守り用に召喚したらしいが、魔族に子守りをさせようという発想に怖いものがある。
 たとえば、このゼロスが子守りをするとしよう。
『お腹が空きましたか?ガルムから摂った特製のミルクをあげますからねえ(はぁと)』
『眠いですか?僕が滅亡へのエレジーを歌ってあげますから、お昼寝しましょうね(はぁと)』
 ……神に仕えし者の気持ちがちとわかるかもしんない……。
 こんなのに育てられる子供が不幸中の不幸!悪い影響受けて、どんな大人になるかわかったものじゃない!!だからっといって、そんな理由であたしは罪なき子供の命までは奪わないだろうし、彼らのやったことは納得はできない。
 魔族を召喚した親も、子守りをする魔族も、問答無用に命を奪った神に仕えし者も、それを止められなかったあたしも……みんな悪い?
「結局正しいことなんて、世界にはないかもしれない……」
 俯き呟く今のあたしには、目の前にある料理に手を伸ばすこともできなかった。
「……矛盾することを考えても、解決はしませんよ。
 人間が物事の白黒を論議したところでも、結局最後は力で決着をつけます。
 人間社会は戦争という歴史で築かれたもの。表面上できれい事を言っていても、力があるものが正しいというのが根本的な考えであり現実なのですから」
 落ち込んでいるあたしに対して、ゼロスは冷めた口調で淡々と語った。
「ずいぶんとはっきり言ってくれるわね?」
「間違いは言っていないと思いますよ?」
 それは確かに、ゼロスの言う通りである。現実はあくまでも無慈悲なのだ。
「幸せを得るには何かが犠牲になるというのに、犠牲も作らずにみんなが幸せになるという人間のその矛盾した考えは僕には理解できません。
 リナさんの幸せのため、盗賊から見ればよほど極悪人にみえることしていても、世間一般の方があなたをはた迷惑な存在と見てても、リナさんはリナさんが納得できる答えを受け入れればいいのではありませんか?」
「……それって、慰めてくれてるの?それともケンカ売ってるの?」
「それは、秘密です♪」
「あっそ」
 お得意のセリフでかわすゼロスを目を細めてみつめた。
 ……悩みなさそうだよなあ、こいつって。魔族なのにホットミルクをおいしそうに飲んで。でもそれってあたしにくれるんじゃなかったの?
 生きている人間の性か、我慢はしていたけどお腹が空いてくる。
「……決めた。みんなあんたが悪い!!魔族に人権はない!そういうことで、それは没収!」
 ゼロスがちびちびと飲んでいたホットミルクを引ったくると、腰に手を当ててくいっと一気に飲み干した。
「あっ…」
 ふんっ!あたしにケンカを売るとこうなるのよ!
 コップをテーブルに置き、ゼロスの手元にある骨つき肉に手を伸ばす。
 そんなあたしにゼロスは先ほどのコップを指差して、満面の笑みをうかべた。
「間接キッスですね(はぁと)」
「ん!?ぐぅっ!!」
 彼の唐突な言葉に思わず骨付き肉ごと飲んで、それが喉に詰まる!
 ゼロスが飲んでいたのに口付けたから、そういうことにもなるかも…って、そんなことを考えている場合じゃない!!
 やばひっ!!ここまま窒息死なんてしたら、姉ちゃんに指差して笑われるぅぅ(涙)
「はい、水」
 そうゼロスの差し出したコップを受け取ると、水と一緒に骨付き肉を飲み込んだ。
「んぐはっ!死ぬかと思った……」
「ここで死なれては困りますよ。僕の唇を奪ったのですから、責任とってからにして下さいね(はぁと)」
「あほかぁぁぁ!!いつ、あんたの唇を奪った!!
 こっちは死にかけたのよ!責任とって欲しいのはこっちじゃぁぁ!!」
「はははっ。大きな声を出しては周りの方々にご迷惑ですよ?
 それだけの元気があれば、もう大丈夫ですね」
 元気つけさせるために言ったんかい?
 たくっ!なんかもう、こいつのいつものにこにこ顔を見ていると、うじうじ悩んでいる自分が馬鹿らしくなってきた。
「答えをひとつにしようとするから、矛盾が生まれるのでしょう?
 もし答え違ってたなら、今度は納得する答えを導けばいいじゃないですか?人間って間違えを繰り返す、そういう生き物なんでしょう?」
 いたずらっぽく言う彼のその言葉に、あたしは忘れかけていたことを思い出した。
 失敗を恐れていたら何も始まらないし、間違いは教訓にし正せばいいこと。
 答えなんてひとつじゃないんだから、自分が納得いくことを信じればいいんだ。
 やっと、その答えに辿り付いた。
「はあ〜、なんかお腹、空いてきちゃった。
 おばちゃん!ここにある全部のメニューを頼むわ!」
「へいっ!お待ちっ!」
 はやっ!
 わずか数秒で、肉・魚料理からデザートまで、すべてがテーブルの上に並べられた。
 ひそかに、あたしが注文するの待っていたのだろうか??
「くうっ!このスープおいしわねえ(はぁと)あっ、この照り焼きもいける!」
 いつもの調子で料理をたらい上げるあたしを、ゼロスは楽しそうに眺めている。
「なに見てんのよ?」
 尋ねるあたしにゼロスはくすりっと笑う。
「リナさんには笑顔のほうが似合いますよ」
 そう微笑むゼロスに、あたしはなぜか赤面してしまった。
 天使のような悪魔の笑顔って、こういうことを言うのかもしんない。
 心の中で彼に感謝の言葉を言い、手にしていたパンをゼロスの口に押し込んだ。
「これでおあいこだから」
 ゼロスは意味がわかっていないらしく首を傾げるが、ぽんっと手のひらを叩く。
「ああっ、食べ物を渡すって事は、動物が恋人に贈る求愛の印ということですね(はぁと)」
「ちっがぁぁぁぁぁぁう!!」
 さっきの感謝の気持ち撤回。
「ふふっ。リナさんが食べ物を渡すってことは、よほどの事ですからね。大切に頂きます」
 ……こいつ、絶対あたしをからかって楽しんでいる……。
 まあ何はともあれ、食欲も出てきてゴハンはおいしいし、この仕返しには今日の料理の精算をゼロスにたかってやるぞ(はぁと)