雪華音緒
「ガーヴに……不覚をとってしまいました」
息絶え絶えに、獣王ゼラスのもとに戻ってきたゼロスの第一声はこうだった。
「使えない子ね」
ゼラスは半身を失い弱々しい姿をさらすゼロスを一瞥すると、憂鬱に言葉を吐き捨てる。
「……すみません」
ゼロスは深く頭を下げる。
興味なさそうに聞き流したゼラスは、黙々と指の爪に薄紫のマニキュアを塗る。
荒く辛そうにするゼロスだが、これ以上何も言わずにそれをじっと見守っていた。
半透明の液体は光を反射し、褐色のゼラスの肌の色によく映えていた。
一通り塗り終わった爪を眺め、その塗り具合を確認する。
ひとつ頷き、そこでやっと今までじっと自分を見守っていたゼロスに視線を移す。
「なにか?」
冷ややかな眼差しで問うゼラスに、ゼロスは心の奥底で深くため息をつく。
「僕がガーヴに深手を負ったため、満足に行動出来なくなりましたので、フィブリゾ様からいったん獣王様の所へ戻れと言われました。そして早急に回復させて来るようにと……」
「だから?」
「……僕は半分以上の力を失ってしまいました。そこで……獣王様のお力を、僕に分けてもらいたいのですが……」
ゼラスの眉がぴくんっと跳ね上がるのを、ゼロスは見逃さなかった。
ゼラスは立ち上がり、ゆっくりとした足取りで座り込んでいる状態のゼロスの前まで歩む。
傷口にゼラスの長い指が触れられて、彼はびくっと身を震わせた。
前屈みにしゃがみ込んで自分を見る視線は厳しく、ゼロスはまともにゼラスの顔を見ることが出来なかった。
ゼラスは傷の上に手をもっていき、そこでぱちんっと指を鳴らす。瞬間、ゼロスの痛々しい傷が消えた。
「次はないと思って」
「……ありがとうございます」
低くそう言うゼラスに向かって、ゼロスは姿勢を正して跪き、最上級の礼をする。
立ち上がろうとするゼロスの肩を、ゼラスは押しとどめる。
眉をひそめるゼロスに、ゼラスはここで始めて笑みを浮かべる。
「目を閉じなさい」
ゼラスの命にゼロスは目を閉じる。彼の前髪を軽くかきあげると、そっと口づける。
突然のゼラスの行為に、ゼロスはびっくりして目を見開く。
「行きなさい」
「あの、今のは?」
感情のこもっていないゼラスの言葉。ゼロスはおずおずと、先ほどの行為の理由を尋ねる。
「行きなさい」
二度目の言葉は強い命令が込められていた。
聞き出すのは無理と悟ったゼロスはいつもの笑みに戻って一礼すると、サイラーグへと空間を渡った。
「まったく……」
ふうっと爪に息を吹きかけて、マニキュアの乾き具合を確認する。
乾くにつれて、血のごとく赤く変わっていくマニキュアの色に、満足げに頷いた。
「ねぎらいの言葉をかけるほど、甘くはないわよ」
ゼラスは、くすくすと笑い声を上げる。