里月
……かつ……かつかつ……かつかつかつかつ……
群狼の島の獣王執務室。
何も無い割にただ、だだっ広く作られた部屋のすみっこで、一人の魔族が机に向かっていた。
紙を滑る羽ペンの音だけが、無意味に広いこの部屋にこだまする。
なれた様子でテキパキと山積みの書類を片付けていく彼は、この館の主が唯一可愛がっている部下、ゼロス――――――
「ゼ〜ロリン♪」
ゴン。
無言で机につっぷす彼。
「……ゼラス様……」
ゆらり、と顔を上げると、まだ乾いていないインクの文字が、そのまま顔に移って読めたりする。
「ま〜、エライのねぇ♪ ちゃんとお仕事してるなんて♪」
胸の前で手なぞ組みつつ、乙女ちっくな仕草でウインクひとつ。
「これは……ゼラス様が仕事を溜めたまま出かけてしまわれるから……」
よく見れば。
彼の顔には、逆さだが、確かに読める『ゼラス=メタリオム』のサイン。
どうやら彼は、仕事を放り出して遊びに出かけてしまった上司の代りをつとめているらしかった。
「……って、そんなコトより! なんです!?
そのゼロリンとゆうのはっ……」
「あら、気に入らない?」
「気に入るとか気に入らないとかの問題ではなく、魔族としての自覚にかけるかと……」
「あんたに言われるすじあいだけは無いと思うわ。一番魔族っぽくないクセに」
……はあぁぁ〜
……これを言われると、たしかに言い返す言葉が無い。
ゼロスは深いため息をつきつつ、
「……では……言い改めます。
……お願いですから、力がぬけるような呼び方はやめて下さい……」
「イ・ヤ ♪」
「ゼラス様っ」
「あんな可愛い反応してもらっちゃねぇ。やめる気なんてどこかへ吹っ飛んでしまったもの。しばらくゼロリンって呼ばせてもらうわね(はぁと)」
ゼラスにとって彼の存在とは。
よき部下。
よき友。
よき……オモチャであるらしい……。
[END]