匿名希望
浅い眠りから悪夢によってヴァルは目を覚ました。
けれど熱に浮かされていたせいだろうか、内容は覚えていない。
目を開ければ飛び込んでくるいつもの風景。けれど違和感を感じるのは病気のせいだろうか?
動かない頭で必死に考えて答えを見つけ出す。
側にフィリアがいない。
寝込んだのは何年かぶりで随分昔の記憶になるのに覚えていたのか。
小さな頃熱を出して寝込んだ時、目を開けるといつも側にフィリアがいた。
いつの間にか用意された果物や、いつでも冷たいタオルや、そして何より常識から考えるに一瞬も離れずにいた訳じゃないだろうが、それでも目を覚ました時には必ず視界にフィリアが映った。
もういい加減付いてもらわなきゃならない年齢でも、何も出来ないほど病気が重い訳じゃない。
だからここにいない方が自然だろう。
分かっていても心がざわめくのを押さえることが出来ない。
眠る前は側にいたからかもしれない。眠る前にタオルを載せてもらった記憶がある。
その時半ばうわごとのように「いい加減子供じゃないんだから構うな」と言った記憶も。
だから、不安なんだろうか?
手間をかけさせてすまない気持ちと、照れくささと、そんな感情から出たぶっきらぼうな言葉。
けれどヴァルがぶっきらぼうで言葉が足りないのはいつものことで、今更この程度でフィリアが誤解するとは思えない。
ならば何が不安なんだろうか?
病気で弱気になっているんだろうか?
それでも納得できず考えをぐるぐる回す。
ようやく理由に思い当たる。
フィリアの行き先を知らない。
フィリアはどこかに行く時、そして帰ってきた時、必ずヴァルにそのことを告げる。さすがにある程度の年齢を過ぎてからは家にいる時どこの部屋にいるかまでは告げなくなったが、それでも外出する時は必ず言うか、直接言う機会がないならメモか伝言を残していた。だから家の中にいるのは確かなのだろうが。
逐一聞かされるそれをうざったいと思ったことは確かにある。けれど今はっきりと分からない居場所に不安になっている。
行き先が――居場所が分かるということは、特殊な場合を除き、その気になれば会えるということだ。
それは、ずっと側にいてくれることにも似ている。
フィリアはずっと側にいてくれた。
そしてこんなにも側にいてほしい。
自覚する。
人が部屋に入ってきた気配がする。
「あらヴァル、起きていたの?」
顔の火照りを熱のせいに出来るのはヴァルにとって幸いだった。