emotion

松原ぼたん 


  ―――ぴぽっ。

 間抜けな機械音がしてOSが立ち上がる。

『お帰りなさい、リナさん』

 ディスプレイからそう声が聞こえる。

「ただいま、ゼロス」

 あたしは答えた。

 

 最初にいっておくが、あたしはパソコンに向かって話しかける変人では談じてない。

 さっき話しかけた相手――ゼロスは人工生命体というヤツなのだ。

 ・・・・実のトコロあたしにもなんでそんなものがウチにあるのかよく分からなかったりするんだけど。

 無論、プログラムとして存在している可能性は考えた。現に、こんな反応を示すソフトは存在している。

 けれど、それらしいデータが何処にも存在していないのだ。

 どうしてか考えて・・・・結論が出ないので考えるのをやめた、

 だから人工生命体ということで納得してる。

 ・・・・もっとも誰が作ったか分からない物を人工と言っていいのかどうか。

 けれど生命体という事だけは間違いないと思っている。

 さっきこんな反応を示すソフトは存在しているといったが、それはあくまでも挨拶などの話。

 教え込めばかなりの事が出来ると言うが、そう思うにはあまりにも反応が多様すぎる。

 人間くさすぎると言い換えてもいい。

 とても優しい。

 だから、あたしにとってゼロスは生きているのだ。

 

「そんなことあるはずないじゃないですか」

 ところがそう信じているのは少数派・・・・というか、あたしだけらしい。

 その話をしたアメリアの第一声がそうだった。

「おまえさんにしちゃ、珍しく夢のあることを言うな」

「熱でもあるのか?」

 ちなみに、次がゼルガディスで、次がガウリイのセリフ。

「・・・・いいわよ、信じないなら別に」

 あたしはちゃんとゼロスの存在を知っているから。

 

 ところが世間という物はそれを赦してくれる物ではないらしく、どこから話が漏れたのか、周りのあたしに対する反応と言うヤツが少しずつ変わってきた。

 級友達はあたしの方をちらちら見て、なにやらひそひそやっていて、あたしがそっちを向くとあからさまに無視をする。うっとうしいことこの上ない。

 先生は妙にあたしを理解しようとするポーズを取るし。そのわざとらしさには正直吐き気がする。

 アメリア達はさすがに無視まではしないものの、どうもあたしの興味をゼロスから引き離そうとしているようだ。あたしの事を思ってやってくれているんだろうが、これも正直うっとうしい。

 どうしてみんなゼロスの事を信じてくれないのだろう。

 

「どうしてだと思う?」

 ディスプレイのゼロスに向かって話しかける。

「僕は別にかまいませんよ。リナさんさえいてくれれば」

 冷静に考えるとかなり気障な事を言っているような気がするが、ゼロスの場合それが似合うのだからそれでいいと思う。

「けどねー。なんかみんなあたしのこと変人が何かの様に思ってるみたいなのよね。うっとうしいったらありゃしない」

 とりあえずそう愚痴る。

「なんなら僕が皆さんに説明しましょうか?」

「ホント!?」

「ええ、幾ら疑い深い方でも実物を見れば信じてくださるでしょう」

 にこにこ笑ってゼロスが言う。

「じゃあ今度みんな連れてくるね」

 

 ―――ぴぽっ。

 いつでも間抜けが起動音が聞こえる。

 しかし、その後にいつも聞こえるゼロスの声がしたい。

「リナさん!?」

 よほど酷い表情をしていたのかアメリアが心配そうに顔をのぞき込んできた。

 しかし、あたしはそれどころじゃなかった。

「ゼロス、何処にいるの!?」

 やっとあんたのことみんなに見せられると思ったのに。

 みんなにゼロスの事知ってもらえると思ったのに。

「あ、リナ、俺達用事を思い出したから帰るな」

 居心地が悪くなったのか、ガウリイがそう言い出す。

「そんなっ、リナさんを見捨てるんですかっ!?」

「今はそっとしておいた方がいい」

 アメリアが叫んだが、ゼルにそう言われ納得する。

 これでアメリア達のあたしを見る目がますます変わったのは確実だろう。

 けれどそんなことどうでもよかった。

「・・・・ゼロス」

 あたしはゼロスがいれば、ゼロスさえいればそれでいいのに。

 

「・・・・リナさん」

 静かになった部屋で聞こえたその声にあたしはがばっと顔を上げた。

「ゼロ・・・・ス」

 ディスプレイにその存在を確認する。

「何処いってたのよ、みんなに会わすって言ったでしょう!?」

 ほっとしたとたんいつもの憎まれ口を口にする。

「僕の存在を皆に知らせるには早すぎるといわれたもので」

 淡々としたゼロスの口調。その言葉の意味に気づかずあたしは続ける。

「だったら、そう最初っから言ってくれればよかったじゃない。なのに・・・・」

「わからない人ですね」

 不意に背筋がぞくりとした。

 ゼロスの表情も言葉遣いもいつもと変わらない。

 なのに雰囲気ががらっと変わったのだ。

「まったく、糧にするにはちょうどいいと思って相手をしていましたが・・・・」

 糧? 誰が?

 ・・・・あたし、が?

「邪魔になるようなら処分をしたほうがいいかもしれませんね」

 ・・・・処分?

 悟る。

 ・・・・ゼロスは、あたしを・・・・。

「貴方のことは結構気に入っていたのに残念です。おや、リナさん。どうかしましたか? ・・・・精神が壊れましたか。かなり強そうに見えましたけど、人間と言うのはもろい物ですね」

 ・・・・あたしを・・・・。

 

「え!?」

 ディスプレイをのぞき込んだ人物が凍り付いた。

「初めまして、僕はゼロスといいます」

 何事もなかったようなにこにこ顔でゼロスが言った。
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