松原ぼたん 


幸せな幼子は母の腕に抱かれて永遠の海の夢を見る。

「それが話に聞いていた古代竜の転生体ね?」

「誰です!?」

 突然聞こえてきた声にフィリアは勢いよく振り返った。

 暗い明かりに照らされて・・・・なのにはっきり見える美女の姿。

 人外のものだと一目で知れる。

 フィリアはヴァルがいる籠を胸にかき抱いた。

「――誰です!?」

 硬い声で再び尋ねる。

「ゼロスがお世話になったそうね」

 彼女は答えずそう返した。

 一瞬フィリアは何がなんだか分からなかった。

 が、すぐに思い当たる。ゼロスの上司の存在を。

 無意識に腕に力を込める。

「何をする気なんです?」

「何もしないわ」

 フィリアの緊張とはうらはらにゼラスはあっさりと言ってのける。

「先に言った通りよ」

 おかげで面白いものが見られたわ、と微笑を浮かべている。

 それでもフィリアは緊張を解かなかった。

「その子が心配なのね。・・・・分かるわ」

 ゼラスがため息の様に言う。

「もし子供に何かあったら、ことの善悪にかまわずにその原因を滅ぼそうとするでしょうね」

 一瞬変わった表情にフィリアは背筋がぞっとする。

「貴方は・・・・何を・・・・」

「本当はね」

 何事もなかったかの様にゼラスはくすくすと笑う。

「殺しに来たのよ、その古代竜を」

 微笑したまま言う。そういうところは部下にそっくりだった。

「そんなことさせません」

 しかし、その気になればフィリア共々殺されてしまうのは目に見えている。

「けどやめたわ。私も母親だから」

 妙に優しげな口調のゼラス。

 フィリアは一瞬訳が分からなくなった。

「本当よ。・・・・そんなに心配なら今すぐ消えるわ」

 それを疑いと取ったのだろうか?

 いうなりゼラスは来たときと同じ唐突さで姿を消した。

「・・・・何なったのでしょう?」

 呟いてから自分が力一杯籠を抱きしめていることに気づき腕をゆるめる。

 部屋は以前と同じ静けさをたたえていた。

 全ては世界の片隅でおこった知る人もいない出来事――。


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