松原ぼたん
『あたしを殺す気かい?』
その女は確か占い師だったと思う。外見は若かったが嗄れた声をしていたことを覚えている。
『あたしを殺せばあんたに呪いが降りかかるよ。数えてちょうど3万人目。お前は生涯で一番大切な存在をその手で殺すこととなる』
僕はにっこり微笑い、彼女の首にかかった指に力を込めた。
彼女は分かっていたんだろうか、それとも何も分かっていなかったのだろうか?
魔族にたかが人間の呪いがかかるはずもない。けれど魔族でもなければ3万人もの人間を直接殺すことは滅多にないだろう。
だからそんなこと忘れていた、ついこの間まで。
下った命令は絶対。僕の手の中には細い首。
数えていた訳ではない。けれど分かった。
これが3万人目だと。
これまでも、そしてきっとこれからもこれ以上人間に惹かれることはあり得ない。
手足を砕かれ、声を奪われ、絶望的な状況にあってなお諦めることを知らない紅い瞳。
――あの占い師の目に似ている。
自分の存在をかけた呪い。或いはその来世までも。
けれど本当はただ単に未来を見ただけなのかもしれない。
事実は分からない。事態は変わらない。
僕は今一番大切な人を殺そうとしている。