松原ぼたん
「前編――始まりはいつもこの人(?)」
「暑い暑い暑い〜」
「なあリナ・・・・」
「たぶん前にも言ってるってば。こんなに暑いんだからっ」
「・・・・リナさん相当きてますね」
「そこまで暑いなら呪文使えばいいだろう?」
「ゼルガディスさん、それは・・・・」
「あの日か?」
―――どげりんばっかーん。
「ああ、ガウリイさん大丈夫ですか!?」
「・・・・すまん、俺じゃなくてよかったと思った」
「あ゛あ゛あ゛、動いたら余計に暑くなってきた。こんな時は・・・・」
「何ですか、リナさん?」
「・・・・納涼、ゴキブリ魔族に崩霊裂大会ってのどうかしら?」
「リナさんっ、夜の方が綺麗だと思いますっ」
「・・・・アメリア、お前ももしかして結構暑いんじゃ・・・・」
「せっかくかき氷持ってきましたのに」
「ゼロス(はぁと)。愛してるわっ(はぁと)。それちょうだいっっっ」
「あげた後もそう言ってくれるなら考えましょう」
「うーん?」
「リナさんっっっ。考え込まないでくださいっっっ」
「冗談です。どうぞ」
「いっただっきまーす」
「・・・・ガウリイさん食べられますか?」
「な、何とか」
「では、食べながらでいいから・・・・ってもう食べ終わってますね。頭が痛くなったりするんじゃないんですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・なってるみたいですね。まあ、静かでいいでしょう。実は獣王様が・・・・」
「きもだめしならやりませんっ」
「料理も食べないぞ」
「・・・・アメリアさんも、ゼルガディスさんもそんなに追いつめなくても・・・・」
「誰をだ?」
「いえ、こっちの話です。実は花火大会をやりたいと・・・・」
「あ、それはいいかも」
「そうでしょう? で、花火をあげてもらうのにジラスさんをお連れしたんですけど・・・・」
「うわっ」
「いきなり連れてこないでくださいっ」
「姐さんとこ、帰せ、生ゴミ魔族」
「貴方にまで生ゴミと言われる筋合いはありませんっ」
「・・・・なあ、なんかゼロスレベル下がってないか?」
「・・・・とにかく、こういう訳ですのでジラスさんを説得して頂けないでしょうか?」
「説得はいいんだけど・・・・道具とかそういうものもいるんじゃないの?」
「それは後からおいおいに・・・・」
「・・・・けっこおずさんな計画立ててるわね」
「そうですか?」
「・・・・なあ、獣王ってことはケモノだろう? ケモノ同士で説得した方がよくないか?」
「うわ、ガウリイさん、さらっとひどいし怖いこと言ってます」
「・・・・そういう問題でもないと思うがな」
「・・・・どうするジラス?」
「うわ、リナさん投げやり」
「暑くて考えるのが嫌になってきたんだろうな」
「説得できたら後でかき氷追加しましょう」
「やるわよね、ジラス。ねっねっねっ!?」
「ひ、ひぃ」
「・・・・なんかゼロスさん相手の時よりおびえてません?」
「無理ないだろう、あれは」
「わ、分かった。から、放し・・・・」
「やったー、かき氷・・・・じゃなかった花火ー」
「すでに論点ずれてるな」
「・・・・まあ、楽しそうだからいいんじゃないか」
「中編――カタートのかき氷いかがですか?(違)」
「・・・・ねぇ、ゼロス。その格好なに?」
リナがそう尋ねるのも無理はなかった。
「・・・・獣王様が、花火大会には夜店が必要だとおっしゃいまして・・・・」
トウモロコシ、焼きそば、綿菓子、かき氷がすぐ横に並んだ夜店などなかなか見ることは出来ない気がする。
ついでに疲れた風情のゼロスというのも。
「なあ、どうして氷溶けないんだ?」
理由はまさしくガウリイの言うとおりであろう。氷のそんな近くに熱を発するものは普通おかない。
「一応僕は魔族ですから」
「ふーん」
これでは便利な魔法道具扱いされても無理はない。
「何でそんなに疲れてるんです?」
アメリアが尋ねた。
「・・・・さっきまでは準備に飛び回ってたんです。予定外の人まで連れてきましたし・・・・」
「予定外?」
ゼルの訝しげな声に重なるようにして、どこか聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
「私だって別に生ゴミ魔族に連れてきてもらいたかった訳じゃありませんっ。だけど・・・・」
「フィリア、ごめん」
あまりのフィリアの剣幕にちびヴァルが反射的に謝った。
「いいのよ、ヴァルは花火見たかったのでしょう?」
「う、うん、だけど・・・・」
笑顔を向けられても恐怖を消せないちびヴァルであった。
「あー、えっと、ひ、久しぶりね、フィリア」
何となく引きつりながら挨拶を返すリナ。
「あ、お久しぶりです。皆さん」
いつも通りのフィリアに無意識に安堵したものの。
「フィリア、トウモロコシ買っていいか?」
「ヴァル、生ゴミ魔族に近づいちゃいけませんっ」
皆の頬に一筋汗が流れた。
「まあ、変わってないといえば変わってないよね・・・・」
「そ、そうですね」
「腹減ったー。ゼロス焼きそば十皿」
「・・・・まあ、こんなもんだろうな」
ゼルが達観したように言った。
「暗くなって来ましたねー」
いつの間にか綿菓子を片手に持ったアメリアが呟く。
「じゃあ、花火終わるまで別行動って事で。いい?」
「そうだな」
「そうなんですか?」
「・・・・あたししばらく食べてるけど、あんたつきあうの?」
それでははっきりいって花火が見えるかどうか分からない。それでなくともやはりジラス一人では限界がある。数は少ないのだ。
「・・・・そ、そうですね」
アメリアが引きつりながら答える。
「じゃあ、解散っ」
ひときわ高く、リナの声が響いた。
「後編・ゼロリナ?サイド――言葉の意味は幾通り?」
「じゃ、そういう訳だから約束のかき氷よろしくっ」
アメリアさん達の見送りもそこそこ、リナさんが元気よく叫びます。
「忘れてませんよ」
僕は心からにっこり笑いました。
「ついでにトウモロコシもいかかです?」
「奢り?」
即座にそんな返事が返る。本当にわかりやすい人ですね。
「いいですよ、少しぐらいなら」
「やった」
本当にうれしそうにリナさんが笑う。
「ゼロス大好き」
・・・・それはよくて餌付けした相手に動物が向ける程度の愛情だろうけど。
「ええ、僕もリナさんが好きですよ」
「へ?」
そう、いろんな意味で、ね。
「後編・ゼルアメサイド――一緒にいる意味」
わたしが後ろにいても、ゼルガディスさんは無言でした。
当然ですよね、わたしが勝手に後ろについて行っているだけなのですから。
もしかしたら気づいてすらいないかもしれません。
空が光に染まる。一瞬遅れてどおんと大きな音がする。
「綺麗……」
次々上がる花火に、思わず足を止め空を眺めました。
どれくらいそうしていたでしょう。わたしは慌てて辺りを見回しました。
ゼルガディスさんを見失ってしまった――そう思ったからです。
けれどゼルガディスさんはそこにいました
ゼルガディスさんも花火を見ていたのでしょうか?
それとも・・・・待っててくれたのでしょうか?
「・・・・ゼルガディスさん」
「何だ?」
小さく呟いた名前に気づいてくれて。
それが、それだけの事かもしれないけどうれしくて。
花火がゼルガディスさんの顔を色とりどりに照らす。
わたしはまっすぐそれを見つめる。
「あのっ――」
音がひときわ大きくなった。
「後編・ガウリナサイド――笑っていられるなら」
「あー、食べた食べた」
リナが満足そうに伸びを一つする。
「じゃあ、ガウリイ。もっと花火よく見えるとこに探しにいこっか」
リナは俺と一緒にいることを当たり前だと思っている。
それがうれしい。
「なにしてんの?」
きょとんとした瞳をこっちに向ける。
「・・・・悪い、寝てた」
けれど、それよりなりよりも。
「もー、しょうがにないなぁ」
機嫌がいいのか手は出てこなかった。
柔らかい笑顔が花火の光に映る。
「わりぃ」
「じゃあ、いこ」
そうやってリナが笑っていられるのなら。
俺はそれがいい。
「後編・ヴァルフィリ?サイド――選択のカタチ」
どおん、と花火が上がる。
「綺麗だな、フィリア」
言動があまり子どもらしくないヴァルもこうなると話が違うのだろう。
そのはしゃいでいる姿を見てフィリアは知らず知らずに口元が弛むのを感じた。
――その笑みがほんの少しぎこちない事も知っている。
時々、こんな事を考える。
転生したのは・・・・記憶を失ったのは本当にいいことだったのだろうか。
今の状況だけ見ればそれはいいことだろう。
けれどもっと長い目で見て、それをいいことだといいつづけられるだろうか?
確かに辛い記憶は嫌なものだろうが、それが将来的に何の役にも立たないと決めつける事は誰も出来ない。
そして、その中の大切なものまで、あったことすら一緒に忘れてしまっていることも哀しい。
無論、故意にそういう形にしたわけではないものの。
それでも、花火にはしゃぐヴァルを見る時はそれをよかったと思う。
花火――いくら遠くても、いくら綺麗でもそれは爆発だ。材料はさほど兵器と変わりない。
それをみてはしゃげるのは記憶を持ったままでは難しかっただろう。それでなくとも激しい閃光と音は恐怖を引き起こしやすい。
だから、よかったと思う。
後から綺麗だと思うのは難しくても、今綺麗だと思ったことを覚えていれば。
兵器も、使い方によっては夜空を彩る大輪の花になると分かっていれば。
また、花火が上がる。空を光が駆ける。
今度はフィリアも素直に見とれた。
――違う選択も出来ると思うから。
「後編・ゼラゼロサイド――きまぐれ?」
「ずいぶんと疲れているわね、ゼロス」
どちらかといえばそのからかうような言葉の方に、ゼロスは商品の上に突っ伏したくなった。
「獣王様・・・・」
もっとも、いつもの事と言えばいつもの事なのだが。
「盛況だったようね?」
ジラスが、律儀に書類を提出したため、リナ達以外にも花火の事を知っている人間はいる。現に近所の人も見に来たりしている。
かといって店を出す準備は出来てないため他に店はなく、人はすべてゼロスの夜店に集まったのである。
ちなみに本来なら書類もあっさり通るはずはないのだが・・・・推して知るべし。
とにかく律儀にそれを裁いていたゼロスの夜店は確かに盛況と呼んで差し支えなかった。
もっとも今は花火がクライマックスな事もあって皆はもっとよく見えるところへ行ってしまったが。
「ところでどうして獣王様がここに?」
どおんと花火がはじけ、ゼラスの顔を照らす。それを見ながらゼロスは尋ねた。花火を見るだけならわざわざ姿を見せる必要もないのだ。
「かき氷二つ。イチゴね」
「はい?」
一瞬、思考が停止したが、いつものことだと思い直して、ゼロスはかき氷を作り始めた。
「二つも食べてお腹壊しても知りませんよ」
無論、これは冗談だが。
「莫迦ね」
微笑とともに渡した器の一つがゼロスの方に押し戻される。
「一つはゼロスのよ?」
「はぁ・・・・」
反射的に受け取る。
「こういうのは一緒に食べるからおいしいんでしょう?」
微笑した。
空の光が色づく。
それはシロップと同じ色だった。
「完結編――過ぎ去るものまたくるもの」
「何だヴァル寝ちゃったんだー」
花火が終わり、集合場所にはヴァルを背負ったフィリアがいた。
何となく後ろに回ってヴァルの頬をつついてみたりする。嫌々するように顔を背けたが、それでも眠ったまんまだ。起きている時はとにかく可愛いものである。
「起こさないでくださいね、リナさん」
フィリアが言う。ぷにぷにほっぺが名残惜しいと思ったものの・・・・まあ、確かに起こすのもあれだしね。。
「重くないですか、フィリアさん?」
いつの間にか来ていたアメリアがフィリアにそう尋ねる。ゼルもいるって事は・・・・一緒にいた訳か。
「大丈夫です」
フィリアは返した。いくらフィリアが怪力だからってそう軽いものでもないだろうに。
「例え重くてもヴァルですから」
さらっと続けられたのは、ある意味たわいのない、当たり前な言葉なのだが、一瞬、皆言葉を失った。
「・・・・えーっと、ゼロスとジラスは?」
何となく話を変える。
「まだ後かたづけしてるんじゃないか?」
ガウリイの視線をたどると遠くに人影らしきものが・・・・って見えるかぁっ!!
とか思いつつも目をこらすと・・・・。
「うわっ」
いきなり目の前にゼロスの姿っ。
「おっ、脅かすんじゃないっ」
などと抗議しても所詮はゼロス、無駄だった。
「ジラスさんはもうしばらく片づけにかかるそうなのでこれでもして待っていてくださいとの事です」
いってゼロスが差し出したのは・・・・。
「こより?」
「・・・・線香花火というんだそうです」
ガウリイの言葉にゼロスが苦笑した。
束をあたしに渡し、その中から一本だけ引き抜くと、ゼロスは線香花火の先に火をつけた。
「綺麗・・・・」
アメリアの言葉がすべてを物語る。
夜空を彩ったものと、また違う火の花。
ぱちぱちと光っていたがやがて小さくなって・・・・。
「落ちちゃった」
何とも言えないもの悲しさを感じてしまったりする。
祭りの終わりに似ている。
いつの間にか人は減り、あたし達にだけになっている。
不意に、目の前が明るくなる。
ゼロスが新しいものに火をつけたのだ。
「まだありますよ、花火?」
「・・・・そーね」
お祭りはまたやってくるかもしれないのだ。