松原ぼたん
いきなり目の前に差し出されたカラフルにラッピングされた箱にヴァルは些か面食らったようだった。
けれどすぐに何か思い当たったのかどこかあきれたような表情を浮かべる・・・・それが分かるのは付き合いの長い私ぐらいだろうけど。
「いい年した子供にバレンタインチョコを渡すってのもどうかと思うが?」
その言葉に痛む胸があることをヴァルはしらない。
「いいじゃない、他にあげる人もいないんだから。それくらい付き合いなさないな」
神殿を離れるまで存在していなかったバレンタインというイベントが楽しいのも確かだけれど。
「だったらジラスでもグラボスでも店の客でもいるだろう?」
確かにジラスにもグラボスにも義理チョコは渡しているけど。
「いいじゃない、別に」
これが本命チョコだとはヴァルは知らない。
「分かったよ」
ひょいと箱が持ち上がる。
「じゃあな」
そのままヴァルの姿は奥へと遠ざかっていった。
知らずにこわばらせていた体から力を抜き、息を吐く。
そう、いつの間にか私のヴァルに対する感情は母親のそれではなくなっていた。
けれどヴァルはそうは思っていないから。
だから私は母親のふりをする。
時々、偽りきれない心がこうして形を取るけれど。
それすらもはき続ける嘘に包んで。
忘れたふりをする。けれど忘れられるはずがない。
目の前に見える箱。いっそ呪ってすらいるだろう。
バレンタインが愛を告げる日だというのならいっそ義理チョコなんかなくなっちまぇ。
別に相手がフィリアじゃないのならそんなことは思わないだろう。友情や家族愛も斜に構えてはいるものの大切だと思っている。
けれどフィリアなんだ。問題はフィリアだということなんだ。
「いい年した子供にバレンタインチョコを渡すってのもどうかと思うが?」
あきれたような口調でそういう。・・・・主に自分に言い聞かすために。
これは義理チョコなのだから、と。
「いいじゃない、他にあげる人もいないんだから。それくらい付き合いなさないな」
本命がいないということはある意味喜ばしい限りだが。
「だったらジラスでもグラボスでも店の客でもいるだろう?」
実のところジラスとグラボスにもやっているのは知っている。律儀に報告に来るからだ。
「いいじゃない、別に」
もっとも、渡している現場を見たとしたらきっと嫉妬に狂っているだろう。
「分かったよ」
今も別に嫉妬してない訳じゃない。ジラス達は大切な家族だが、だからこそ自分が彼らと同じ存在であることが腹立たしい。
「じゃあな」
フィリアにとってただの家族であることが。
部屋に戻って閉めた扉に体重を預ける。
一瞬手の中の物を床にたたきつけようかと思ったが、フィリアがくれたものだそれも出来ない。
実の母子でないことは幼い頃から知っていたし聞いていた。
それでもフィリアにとって俺は子供だった。俺にとってはもう母親じゃないのに。
好きだった。恋していた。愛していた。
ただでさえ家族でいることがたまらなくもどかしいのに、こうやってそれを見せつける。
けれど壊すことも出来ない。失うより怖い事はない。
だから辛くても嘘を吐き続ける。
少しかじったチョコレートは吐き気がするほど甘かった。