松原ぼたん
「フィリア」
もうヴァルは私を『お嬢さん』とは呼ばない。
それ自体がうれしいとか呼んで欲しいとかそういうことじゃないんだけど。
問題はその理由。
単純に生まれ変わった今のヴァルが年下だったり、私が母親代わりだったり、ヴァルの性格が少し変わっていたりするせいもあるんだけど。
きっとまだヴァルの世界が狭いから。
ヴァルに『お嬢さん』と呼ばれていた頃の私は本当に世間知らずで。
あの呼び方にはそのことに対するあざけりも入っていた。
今は少しは何かを知ったとつもりだけれど。
昔の私と比べても今のヴァルの世界は狭くて。あるいは大人と違う世界に住んでいて。
だから例えほかの条件はなかったとしても、私を『お嬢さん』とは呼ばないと思う。
けれど子供は好奇心を持っている。
好奇心は何よりも知識を増やす、そして世界を広げてゆく。
大きくなってゆく。
それは喜ばしいことだけれど。
そうなったとき、私は彼のそばにいられるのでしょうか?
「なあフィリア、どうかしたのか?」
「いいえ、何も?」
もうヴァルは私を『お嬢さん』とは呼ばない。