松原ぼたん
『フィリア、これやる』
その言葉とともにヴァルが手のひらに落としたのは指輪。
これはどういう意味かとはかりかねているうちにヴァルは説明もせずにどこかへ行ってしまった。
しげしげと指輪を眺める。
高級品だというわけではなさそうだけど、ヴァルが買ったとするなら充分高そうな指輪。
ヴァルが子供だったならならばそれでも悩むことはないだろう。
小さな子供がカエルや蝉の抜け殻や綺麗な石を見つけて母親に見せるように、そうだと思うには買わなければいけない物だけどそれでも納得できる。
だけどヴァルはそんな小さな子供じゃない。
・・・・もっとも、私がそう思うだけで本当はまだまだ子供なのかもしれない。
指にはめてみる。
左手からはめてみたことに深い意味はない。ただ右手で持っていたからというだけ。
けれど薬指から外せなくなる。
血はつながらなくても母親としてのものだった愛情の中に、いつからか混じり始めた異質な感情。
日に日に大きくなるそれに戸惑って。
外には出さないように気をつけながらも、心の中でヴァルを不必要なまでに子供扱いしたり、それゆえに反って成長に気づいたり。
・・・・泥沼にはまるっていうのはこういうことかもしれませんね。
指輪はくるくると回る。薬指には大きすぎね。
ヴァルはサイズなんか知らないし、そもそもこれはこの指に贈られたものではないはず。
なんでもないと思うのなら、それで忘れて違う指に指輪をはめて、いつも通り微笑って接すればいい。
だけど簡単には忘れられない。
自分がそこまで望んでいるということに気づいてしまったから。
こんな中途半端な気持ちではとても微笑えない。
いっそ聞いて真実を知ればいいのかもしれない。
そうすればどちらだったとしてもきっと微笑えるだろう。
だけどそう聞いたことで、私の気持ちに気づかれてしまったら?
何でもないから気まずいになってしまったら?
何か切ない。
指輪一つ分の重量が増えただけの左手が、ずいぶんと重かった。