松原ぼたん
「お前さん、リナじゃないか?」
「はひ?」
その声にあたしは振り返った。
・・・・知ってる顔はどこにもない。
「・・・・気のせいか」
「をひ・・・・」
その言葉を発した人を見つめる。
「誰?」
かなりかっこいいにーちゃんだった。けど会った覚えはない。
「リナ・・・・あのなぁ」
向こうはあたしの事を知っているようだが・・・・。
・・・・あれ? 今なんか引っかかった。
「・・・・まぁ、この姿じゃ無理もないか・・・・」
あたしはじっと何かぶつぶつ言っているにーちゃんを見つめた。
「・・・・ゼル?」
おそるおそる尋ねた。
「やっとわかったか」
「わかるかぁぁ!!」
あたしはどっから見ても普通のにーちゃんにしか見えないゼルをぶん殴った。
「・・・・・・・・・・・・リナ、今まで合成獣だったからわからなかったが、もしかして本気で殴ってたんじゃないか?」
「トーゼン」
ん!? ・・・・合成獣だったって。
「ゼル、合成獣治ったの!?」
「治ったって、病気じゃあるまいし。大体それ以外に何に見えるんだ?」
「新手のコスプレかと思った」
ゼルは黙り込んだ。冗談なのに。
「で、どうやって戻ったの?」
それはそうと尋ねるべき事を尋ねる。
「まぁ、いろいろあってな。立ち話も何だし、その辺の食堂にでも入らないか?」
「奢り?」
ゼルの顔が引きつる。・・・・どういう意味よ。
「・・・・まぁ、1品、ぐらいならな」
結構ケチくさいなぁ。
「・・・・まあ、いいわ。行きましょ」
「・・・・同じのを10皿も頼んで嬉しいか?」
ゼルがあきれた様に言う。
「とっても(はぁと)」
何せ無料である。
「まあ、リナならそれぐらいやるとは思っていたがな」
・・・・どういう意味よ。
「で、未だにガウリイと一緒なのか?」
「まーね、今日は宿で寝てるって言ってたけど」
あたしは食べながら答えた。
「ところでお前さん、そのガウリイとはその・・・・別に何でもないのか?」
「なにって? どういう意味?」
「だからその・・・・」
ゼルが多少顔を赤らめているのを見て、やっと言葉の意味に気づく。
「あっ、あるわけないでしょうが!! あれは保護者よ、保護者」
慌てて言う。
「それはよかった」
「はい?」
どうもゼルの言っていることはよくわからない。
「リナ、前から・・・・俺の体が元に戻ったら言おうと思ってたんだが・・・・俺はお前を愛している」
「なっ、ゼル一体!?」
頭が話についていけない。
「もしよければ結婚してくれないか?」
・・・・言葉は何一つ浮かばなかった。
「ねぇ、ガウリイ。ゼルになんて返事したらいいと思う?」
あたしはガウリイの部屋に行って、いきさつを話しそう尋ねた。
ゼルはその場で返事を求めなかった。
考えて置いてくれと言って、いま居る宿の名を告げると勘定を払って去っていった。
あたしは折角の無料の料理を食べることも出来ず、しばらくその場で放心してしまった。
「・・・・いいんじゃないか。ゼルは悪いやつじゃないし、後はリナの・・・・」
一拍置いた後返って来たガウリイの答えは保護者としては理想的な物だろう。
しかしそれを聞いたとたんやるせない感情に駆られる。
「わかったわよ。勝手にするわよっ!!」
手近にあった枕を投げつけるとあたしは部屋から出ていった。
「本当か?」
ゼル顔を見て、あたしは返事に詰まる。
枕を投げつけた勢いそのままゼルの止まっている宿を尋ね、返事を言ったのだが・・・・。
「何か怪訝そうな顔してない?」
「そ、そうか? どうもまだ実感がわかなくてな・・・・それより本当に俺と結婚してくれるのか?」
あたしは頷いた。
・・・・ゼルと結婚すればきっと幸せになれるだろう。
「ならば出来るだけ早く式を挙げよう。リナもどうせなら保護者にも見てもらった方がいいだろう?」
「・・・・ガウリイ、に?」
そのつぶやきは幸か不幸かゼルには聞こえなかった。
「リナさんっ、結婚するならどうして教えてくれなかったんですか?」
どういう訳か、トントン拍子に進んだ結婚式の当日に、これまたどういう訳か話を聞きつけたアメリアが控え室に飛び込んできた。
「リナさん、綺麗です」
あたしの姿を見るなり、アメリアがそういう。
「そ、そう?」
あたしは曖昧な返事を返した。
「幸せになってくださいね」
「・・・・ありがと」
───トントン。
「どうぞ」
ノックの音に、アメリアが勝手に返事をする。
入ってきたのは・・・・ガウリイだった。
「あれ、ガウリイさんそんな格好で・・・・式には出ないんですか?」
鎧こそはずしているものの、いつもと同じ格好をしているガウリイを見て、アメリアが尋ねた。
「ああ、もう行こうと思ってな」
そう返事をしてから、ガウリイはあたしの方を見た。
「ウエディングドレス、綺麗だな」
「・・・・ありがと」
どう、反応していいかとまどう。
「今まで子供扱いして悪かったな」
「なによ、今更」
「確かに今更だな」
ガウリイがつぶやく。
「・・・・俺はリナのことが好きだった」
言葉を失う。
「ゼルと幸せにな」
それだけ言ってガウリイは部屋から出ていった。
「何なんでしょうね」
アメリアが首をすくめる。
「リナさん?」
アメリアが尋ねてきた。
あたしは・・・・いつの間にか泣いていた。
「嘘吐き・・・・・ガウリイがあたしを好きだなんて嘘なんだわ」
そうつぶやく。
「いくら何でもそういう言い方は・・・・」
アメリアがなだめるように言う。
「もっと前なら・・・・ゼルに返事をする前ならよかった。或いはもっと後なら。本当にゼルと幸せに暮らしている時ならきっと笑って受け流せた。なのにこんな時に言うなんて・・・・あたしを苦しめて・・・・あたしの事好きだなんて嘘なのよ」
言葉がとまらなかった。
本当に今更だった。
あたしはガウリイじゃなきゃ駄目なんだ。
確かにゼルとこのまま結婚しても幸せなれるかもしれない。
だけど・・・・。
「・・・・リナさん、やっぱりガウリイさんの事が好きなんですね」
アメリアがぽつりとつぶやいた。
「だからって、今更なんになるのよ・・・・」
今更、どうしようもないじゃない。
「リナさん、行ってください」
アメリアが叫ぶように言った。
「・・・・けど・・・・」
「なにを考える必要があるんです? リナさんらしくない」
「けど・・・・」
それでもあたしはためらっていた。
「・・・・そんなリナさんじゃ、きっとゼルガディスさんも喜びません」
その言葉にあたしははじかれたように立ち上がった。
「・・・・有り難うアメリア」
「リナさん」
なぜか嬉しそうなアメリアにブーケを渡す。
「ゼルに『ごめん』ってつたえといて」
そう叫ぶと、あたしは駆けだした。
ガウリイに向かって。
ending
リナが居なくなった控え室。
「行ったか。やれやれ、どうなるかとはらはらしたぞ」
ゼルがひょっこりと顔を出した。
「しかし惜しいことをしたな。もともとガウリイとリナのために予約された式場なんだろう?」
つまりこの騒ぎは仕組まれた物だったのだ。
「・・・・どうしたアメリア、難しい顔して?」
ずっと無言のアメリアを怪訝に思いゼルが尋ねた。
「もう、リナさんに『愛してる』なんて言わないでくださいね」
ブーケを握りしめたまま、アメリアがぽつりとつぶやく。
「おい、元々はお前が言い出したことだろう?」
ゼルが慌てて言う。
「だから・・・・言ってるんです」
不機嫌そうなアメリアをゼルはしばらくあきれたように見ていたが、やがてため息を一つついた。
「・・・・わかったよ」
そしてアメリアの頭に手を置くと、それをなでたのだった。