どうしても忘れられない存在がいる。
おそらく女性だろうと思う。顔も名前も分からない、ただおぼろげな歌を歌っているらしい声を覚えているだけ。
物心つくころには既にその歌を歌う人はいず、尋ねようにも当時の俺には正確に歌を再現出来ず、今の俺では記憶がおぼろげすぎて歌にならない。
その存在に抱いてる感情をなんといえばいいのだろう?
懐かしさだけならべつにこだわる必要はないと思う。
けれどどこか恋情に近いような気がするのは何故だろう?
フィリアに対するものと似た感情。
彼女が好きだと思ったからそう言った。そして結婚した。
卵まで産まれた今になってどうして思い出の中にいた存在が気になり出すんだろう?
隣の部屋からフィリアの声がする。どうやら卵に子守唄を歌っているらしい。気の早いヤツだ。
・・・・って!?
「フィリアその歌・・・・」
「ご、ごめんなさい」
勢いよく駆け込んだので驚いたのだろう、フィリアが反射的に謝る。
「その歌・・・・」
「だから、ごめんなさい」
いや、そうじゃなくて。
「何の歌なんだ、それ?」
「火竜王の神殿に伝わる卵のための子守唄なの。ついうっかり・・・・」
またフィリアはそのことに負い目があるらしい。記憶が戻るまでは何故か分からなかったがな。
「俺にも歌ったか?」
「え、ええ。他に知らなかったから」
だったら誰も知らないはずだ。今周りで火竜王の神殿関係者はフィリアしかいない。
全く、どうして気づかなかったのだろう。
俺を育ててくれたのも、側にいてくれたのも、愛おしいのもフィリアなのに。
「どうかしたの、ヴァル?」
「いや」
最愛の存在はここにいるのに。
「愛してるよ、フィリア」