水鏡7 

風姫 翠


 10数年後。

 

 

 丘の上に建つ、小さな店。その前に、ひとりの少女が立ちすくんでいた。年の頃なら12,3歳、栗色の毛先を指で玩び、大きな目をさらに大きく見開いて、扉を開けるタイミングを計っている。

 なにせ、目の前の店・・・大きな窓ガラスから見えるのは、色とりどりの巨大な壺、大小様々な鈍器。そして鈍器の上の棚にひっそり並べてあるのが、少女の目当てである紅茶なのだ。

(こ、このお店普通じゃないけど・・・このままUターンしたら母ちゃんに殺されちゃうし・・・・)

 少女は恐る恐る、丘の下の木陰を振り返る。そこにはいつも颯爽として格好よく美しくおっかない母親がいつものように仁王立ちしていた。その顔には「とっとと行きなさい!!」と書いてあったため、少女は意を決して店の扉を恐る恐る開けた。

「あ、あのぉ〜・・・・・」

「はい、いらっしゃいませ」

 奥のカウンターに座る店員は、店内とはまるでミスマッチな美女だった。肩のあたりで切り揃えられた金髪は手入れが行き届き、瑠璃色の瞳は聖母のように優しい。

「えっと・・・紅茶を200グラム欲しいんですけど・・・紅茶・・・」

 左右の壺と鈍器を見比べながらぼそぼそと呟くと、女性は立ち上がった。

「紅茶もちゃんと御座いますよ。種類は?」

「え・・・な、何でもいいんですけど・・・」

 「何でもいいから早く此処から出たいぃぃぃ!!」が本音だろう。

「じゃあ、私のお気に入りのお茶葉でよろしいですか?薄荷が利いていて・・・」

 説明しながら女性は紅茶に手を伸ばすが、一番上の棚まで手が届かず、店の隅から踏み台を引きずってくる。

「済みません、ちょっと待ってくださいね。なにしろ紅茶はあんまり売れないもので、つい不便なところに置いちゃうんですよね」

 という事は、この店の売れ筋は壺と鈍器なのか!?少女の背中に寒気が走ったとき・・・店の扉がバーン!!と勢いよく開いて2人の少女が飛び込んで来た。客の少女よりも3つ4つ幼く、翡翠色の髪をきちんと結い上げ、瑠璃色のくりくりした目の少女達は瓜二つで、間違いなく双子だった。ただしひとりはピンクのエプロンドレスなのに対して、もうひとりはやたらと露出度の高いビキニ調の服装。

『ただい・・・・・あああああああああああああああああああああ!!!!』

 双子はまったく同じ声、同じ口調で金髪の女性を指差して絶叫した。赤毛の少女はもう何が何だか分からず、この騒ぎに便乗して逃走しようとも考えたが・・・やはり、母親の怖さの方が若干勝っていた。何せ夫(少女にとって見れば父親)までちょっと気に入らないとトイレのスリッパでしばき倒すような・・・。

「あ、あなた達・・・店から入っちゃいけないっていつも言ってるでしょう?」

 踏み台に足を掛けた女性は一度降りてきて、双子を諭す。どうやら親子で間違いないようだ。

「そんな事より、お母様!!台に昇ったりしちゃ駄目でしょう?」

「そうよ、何のために働かず子供の面倒も見ない、厚顔無恥なお父様を養っていると思ってるの?」

 今度はひとりずつ喋るが・・・言う事キツすぎ。

「お前ら・・・黙って聞いてりゃいい気になりやがって・・・」

 カウンターの後ろのドアから出てきたのは・・・ガラの悪そ〜な若い男。翡翠色の髪を何故かポニーテイル風に縛り、上半身は裸である。

『実にいい所へ来ましたわ、お父様。

 さあ!!お母様とお客様のために台に昇ってくださいっ!!』

 誤魔化すのも息ぴったり。

「ああ?・・・何取ればいいんだ?お嬢さん」

「あそこの、一番左の紅茶です。小袋の方」

「ん」

 あっさり台に昇り、棚の端から紅茶の袋を取って女性に渡す。

(しかし・・・「お嬢さん」ってどういう事!?あの人旦那さんじゃ無い訳!?それに、どう見てもあの女性の方が年上だし!!ミステリー!!?)

 恐怖はおさまったが、今度は混乱を極める客の少女。

『お父様、何の役にも立たないのだから、せめて店番くらい手伝ってください。

 もうお母様はひとりの体じゃないのよ!!』

「と言われても・・・俺みたいなのが此処に居ると、誤解されねーか?」

『それは・・・』

 本気で考え込む少女達に、男も思わず苦笑する。

「あの・・・」

「ああ!!済みませんね〜見苦しいところをお見せして・・・フフ・・・」

 紅茶を袋に入れ、取り繕うように笑いながら男に肘鉄を喰らわせる女性。その姿は・・・何だか自分の母親に似ている。

「あ、そうじゃなくて・・・赤ちゃん、いるんですか?」

 少女が問うと、女性の笑みは照れ笑いに変わる。

「あは・・・実は・・・3人目です〜」

「今度は、こいつらみたいに生意気にするなよ・・・」

『お父様こそ、いい加減に親としての自覚をお持ちになって!!』

「―――お前ら誰に似たんだよっ!!」

 切れた父親に追いかけられ、3人は奥へと消えていった。

「・・・・にぎやかなお家ですね・・・・」

 紅茶を受け取り、代金を払った少女が言えたのは、これだけだった。女性の顔もすっかり引きつっていたし。

「あ・・・じゃあ、どうも・・・」

 少女は後ろ手で扉を開け、軽くお辞儀して飛び出していった。その後を女性は付いて行き、既に丘を駆け下りてゆく少女に向かって店の外から深々と頭を下げ・・・その額を、誰かに押さえつけられる。

「きゃ・・・っ!!?」

「あは、ゴメン。驚いた?」

 懐かしい声。顔を上げようとするが、声の主は手を離してくれない。

「外から覗かせてもらったけど、結構上手く行ってるみたいじゃない。

 ねえフィリア・・・幸せになった?」

「・・・はい!!」

 涙声で、それでも元気よく返事をするフィリア。10数年前同じ女性に掛けられた言葉は・・・「幸せになりなさいよ」だった。

 時は流れていて、みんなそれぞれの幸せを掴んで。まるでそうなるために生まれてきたかのように。

 額から手の感触が無くなり、足音が遠ざかっていっても、フィリアはしばらく顔を上げる事が出来なかった。

 ようやく顔を上げた時・・・遥か遠くを、赤毛の親子が歩いているのが見え、しかしすぐに夕闇に溶けて見えなくなった。

 

 夜が、やって来る。

 

 

 

 

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 や、やっと完結です!!

 管理人様方、どうも有難う御座いました!!無理言って連載形式にさせていただいて・・・。約束通り完結したので安心しました(爆)イヤもう何ていうか・・・綱渡り・・・

 

 そういえば、ヴァルとフィリアが遠い将来どうなったかを書くのは初めてです。

 こんなんで済みません・・・皆様、自分なりのラストを考えて下さいっ!!

 

  2001.5.27  風姫 翠拝。