風姫 翠
フィリアの甲高い声に、口をぱっくり開けたまま呆然としていた一同が我に返り、ウエイターをびしぃぃぃぃ!!と指差して
『ヴァルガーヴ!!!』
とワンテンポ遅れて叫んだ。
確かに、彼はヴァルガーヴに瓜二つなのだ。黄金の瞳と翡翠色の髪の男などそうそう居ないし、この顔立ちは・・・翳りが無い事を差し引いてもヴァルガーヴに違いない。髪の長さが目の前のウエイターの方が遥かに長いが、そんなのは問題ではない。
「え・・・・ヴァ・・・・・・・・・?」
何の事だか、という顔をした青年の衿を、リナは目にも止まらぬ速さで捕まえるとがっくんがっくん揺すった。ちなみにまともに正面から掴みかかったら身長が足りないので、テーブルの上に立っている。
「な・・・っちょっと!!何するんですか!!?」
抗議する声に傲慢さが無いのが気になるが、低くややハスキーな声質もヴァルガーヴとしか言いようが無い。
「ヴァルガーヴのくせに、律儀に敬語なんて使ってんじゃないわよ!!」
「人違いだったらどーするんだよ・・・・・」
「『くせに』は差別語だぞ、リナ・・・・・」
「リナさん、行儀悪すぎです・・・・・」
あれだけ混雑していた食堂からいつのまにか客が消えている事にようやく気付いたガウリイとゼルガディス、アメリアが、ひそひそとリナに伝える。アメリアが赤面しているのは、こっちをちらちら見ながら慌てふためいて飛び出していった男達のグループと目が合ったからだろう。彼らの目には120%怯えだけが滲んでいた。
「五月蝿いわね!!コレがヴァルガーヴじゃなかったら何がヴァルガーヴなのよ!!人違いだったら切腹して詫びてあげるわよ!!」
尚も青年を揺すり続けるリナ。
「そんな事しなくていいですから・・・・は、離してくださいよっ!!!」
「まだ言うかっ!!!?
ヴァルガーヴのくせに、我慢してんじゃないわよ逆切れエロ腰男!!悔しかったら本性出しなさいよッ!!!!」
「エロ腰って一体何ですか!?――――っ!!」
リナの手を引き剥がそうと青年は一歩後ずさり、突然顔を歪めてその場に崩れ落ちる。・・・もちろん、彼の衿をがっちり掴んだままのリナも。
「きゃ・・・っ!!!」
とっさに衿から手を離し、ス○パーマン(パー○ンでもいいか)体勢でリナはうずくまる青年の上を飛び越え、床にどしゃああ!!っと胴体着陸。
「うきゅう〜・・・」
「自業自得だからな」
伸びるリナの頭上に、ゼルガディスの冷たいお言葉。
「ちょっと、あんたら!!その子怪我してるんだよ!!」
やっと厨房内の戦争が終わり、事の次第に気付いたらしい女主人が慌ててウエイターを助け起こす。
「怪我・・・?」
女主人の肩に掴まって体を起こし、ようやくあらわになった青年の顔をガウリイとアメリアがじっくり覗き込む。先ほどは顔の造作にばかり気を取られていたが、確かに彼の右頬には大きなガーゼ、左頬には2枚の大きなバンソーコーが張り付き、額とシャツの袖から覗く両手には包帯が巻かれている。・・・丁度、ヴァルガーヴなら古傷のある場所に。
一方、誰にも助けてもらえなかったリナちんはひっそりと起き上がり、青年をじろりと見回す。
「・・・あんたがヴァルガーヴじゃないっていうなら、そのバンソーコー引っぺがして・・・」
がたん。椅子のひとつが派手に倒れ、リナの言葉が遮られた。ひとり押し黙っていたフィリアがようやく立ち上がり、その反動で椅子がひっくり返ったのだ。
「・・・ヴァルガーヴ、なのでしょう?」
ゆっくりとフィリアは青年に歩み寄り、その包帯の巻かれた右手を両手でそっと包んだ。
「俺は・・・・」
フィリアを振り払う事もできず、青年はじっと彼女を見詰める。青年の途切れた言
葉を、女主人が継いだ。
「あんた達、もしかしてこの子の知り合いなのかい?
この子・・・記憶が無いんだよ」
『え?』
全員の口から、希望とも絶望ともつかない声が思わず漏れた。
「それ、どういう事なんですか!!?おばさん!!」
「良かったら、聞かせてくれないか?幸いおれ達以外客は居ないようだし・・・」
正義の仲良し4人組+αの中の温厚組(?)アメリアとガウリイが女主人に懇願し、彼女は大きく頷いたが・・・頬はちょっと引きつっていた。「客が消えたのは誰のせいだ・・・」と思っているに違いない。
《続く》