冬の間

いちり


 

 気がつくと、ヴァルは雪の上に立っていた。

 周りには障害物とよべる物は何もなく、ただ真っ白な地面がどこまでもつづいている。

「雪は嫌いだ」

 彼はポツリとつぶやいた。

 

 

 雪はすべてを覆い隠す。

 そこに何があったか、忘れさせる。

 たとえそこに瓦礫や死体があろうとも、雪はすべてを覆ってくれる。

 雪の下に何があるかわからない。

 雪はすべてを覆い隠し、あたかも美しいように見せる。まやかしに過ぎない。

 ――しかし、雪の上にのったものは、すべてを鮮明にうつしだす。

 血は色鮮やかにそこに残る。

 

 

 ヴァルは血溜まりの中に立っていた。

 血溜まりの上に降る雪。それは彼の心のように……、血溜まりは雪を呑みこんだ。

 ゆるしはしないと呑みこんだ。

 

 もういいのだ。

 この血溜まりの中でじっとしてるのも慣れてきた。別になんとも思わない。

 自分の手はすでに血で染まっているのだから。

 

◇    ◇    ◇

 

「出てきてみたらどうですか?」

 ヴァルの前に差し出される手があった。

 白い……綺麗な手だ。

 ヴァルはそれを無視した。

 ここから出たら彼の後ろにはずっと血のついた足跡が続くのだ。

 より鮮明に罪が、心が透けてしまう。

「大丈夫」

 彼女の力強い言葉に、ヴァルの心は動き始めた。

 ヴァルは手をのばして……躊躇した。

 自分の手は赤く染まっていた。彼女の手を握ると……彼女が赤く染まってしまう。

 しかし、その手は躊躇するところか、さらにヴァルへと差し出した。

「よく見て下さい。あなたは血に染まってなどいませんよ。――ほら、夕焼けがあんなにきれい」

 ヴァルが空を見上げると、空が真っ赤に燃えていた。夕焼けが彼を照らしていた。

 そして足元を見る、ヴァルが立っていたのはただの水溜りであった。彼の手も夕焼けで染まっていた。

 ヴァルは信じられないような表情で、彼女をみる。そして、自然に手を握っていた。

 

◇    ◇    ◇

 

「ヴァル……ヴァル……」

 ヴァルは自分を呼ぶ心地よい声で目を覚ました。

 ヴァルの視線の先には、フィリアが笑みを向けていた。

「こんなところで寝ると風邪をひきますよ」

「……ん…………ああ…………」

 ヴァルはやっと自分が眠っていたのだと思い出した。

 

 暖炉の炎がはげしくぱちぱちと鳴っている。

 その前の床に座っているフィリア。そして、自分はフィリアの膝枕で眠っていた、どうりで気持ちがよいわけだ。

「夢を見てた……」

 ヴァルはフィリアに頭をあずけたまま、そうつぶやく。

「どんな?」

 フィリアは穏やかな笑みでそうたずねる。

「フィリアの夢だ…………」

「そう」

 フィリアは夢の内容を特に追求しようとは思わなかった。言わないことは、聞く必要のないことなのだから。

 

 

 いま、ここにいる。

 理由。

 きっかけ。

 

 それはあの手が作り出したのだ。

 あの手をとったから、いまここにいる。

 フィリアと一緒にいる。

 

 

「ありがとう……」

 感謝の言葉。

 ――手を差し出してくれて。

 

 

「次に目がさめても……、そばにいてくれるか?」

 ヴァルはフィリアのひざに頭をあずけたままゆっくりと告げた。

「ええ、春になったらいろんなところへ行きましょうね、ヴァル」

 フィリアは優しくそう言った。

 ヴァルはそれを聞いて安心したのか、また夢へと落ちていった。

 フィリアもゆっくりと目を閉じた。

 

 

 ――春はそこまでやってきている。

 

fin.


HP2万HITのお祝いに書かせていただきました。おめでとうございます。

2万がこんなへぼくていいのか。と思うのですが、あきらめてください。これに

限り苦情のメールは受け付けられません……怖いです。

 

「なにかに甘えてるヴァル」ということでひざまくらで勘弁してくださいね。テーマはドラゴンの冬眠……(爆死)

これ以上なにを言っても言い訳になるので逃げます。ダッシュ!