ネオ=スノー
漆黒の闇に中に小さな光がひとつ。
その光が照らし出すのはひとりの少女の姿。連れは誰もいない。彼女ひとりである。
少女ひとりが闇の中にいるのは不審かもしれない。だけども彼女の名を『リナ=インバース』といえば、納得できるだろうか?
そう、彼女――リナにとってはこういったことは日常茶飯事である。
彼女はとあることをきっかけに、じめじめした洞窟の中を探索しているのであった。
リナは短剣の先にライティングの光を灯らせて、ゆっくり辺りを見渡す。
厳しい眼差しをしているのはいったい何を示しているのであろうか?
通路の先は、墨を流したように真っ暗である。
手元にあるライティング(明かり)の光だけが闇を照らし、静寂があたりを包む。
ぐるるるるぅぅぅ……
その静寂を破る音が近くから聞こえた。獣のうなり声のようなものに、リナは辺りを見渡し…………ぺたんっと座り込んだ。
「……お腹空いた〜!」
どうやらあの音は、リナのお腹の音だったようです。
「空腹紛らわすのにいくらシリアスに話しを進めたって、お腹は満たされないのよね。
ああ、洞窟をアジトにしている盗賊をターゲットにしたのは間違いだったかなあ?」
リナにとって盗賊イジメは悪党退治してストレス発散!そんでもってお宝がっぽり!これはリナにとって世の為人の為、そして生きる為の使命でもある!!
お宝をため込んでいる盗賊の噂を聞いて、旅の連れを眠り(スリーピング)をかけ宿を抜け出して、盗賊さんに火炎球から竜破斬まで呪文オンパレードで吹っ飛ばしたという、ここまでは計画通りに進んでいたのであったが……。
「竜破斬の衝撃で地盤が緩んじゃったみたいなのよね」
竜破斬で山の一部を吹き飛ばしたのだが、その山の麓に盗賊の洞窟のアジトがあったのだ。
入り組む迷路のような洞窟のアジトに入ってみつけた金銀輝くお宝さん(はぁと)
それを今まさに取ろうとした瞬間に土砂崩れが起こったのであった。(そん時にリナが喜びの声を上げたのが原因?)お宝は土砂の中。リナ自身は土砂に巻き込まれないよう逃げ惑って……気付いたら迷子になったのであった。
「あれから何日ここをさまよっているんだろう。地精道(ベフィス・ブリング)使えば崩れるし、土ばっかりでどこにいるかわからない。
ああっ!もう!どーしたらいいのよぉぉぉ!!!!」
ぐがらごらっ!
リナの大声で、どこかの土砂が崩れ落ちたようだ。リナは大きくため息をついた。
この洞窟の迷路はかなり複雑で、そんな彼らの中にも迷子になったのか朽ち果てたものもみつけた。
それを見た時『 明日は我が身 』……そう落ち込んでしまった。
「叫んだらもっとお腹空いた。
最後に食べたのは、盗賊イジメの前祝いに食べた羊料理。フルーツの盛り合わせ。それに……ああ、考えたらさらにお腹空いてきた」
ぎゅくるるるるうううぅぅぅ
「もう駄目。あたしはここで死ぬんだわ。この若さと美貌で死ぬなんて、美人薄命って本当ねえ。 ……父ちゃん、母ちゃん、姉ちゃん。先立つ不幸をどうか許して」
『リナさん』
「――えっ?幻聴?もしや天国からの使者の声?地獄からだったらいやだなあ。まあ、この世界のために活躍したリナちゃんの事だから、きっと天国よね」
「リナさん?」
「でも……どっかで聞いたことのある声よねえ…………この声って……ゼロス!?」
顔を見上げると、そこにはいつもの服装いつもの笑みのゼロスがいた。
「リナさん?こんなところで何をしているのですか?」
首を傾げ不思議そうに見ているゼロスに、リナは飛びついた。
「ゼロス〜!!」
「どうなされたんですか?」
そういいながら自分の胸に飛びついてきたリナを抱擁しようとしたが、急にリナはしゃがみ込んだ。
「食い物〜!!」
リナが抱き締めたものは、ゼロスがいつも持っているバックの方だった。
「そっちですか……」
そう肩を落とし、ちょっぴり寂しいゼロス君でした。
「こんなにおっきな鞄なのに何にも入ってないの!?」
鞄を開けて手を入れるが、なんの手応えもない。鞄の底にも手がつかないようだ。さらにリナは鞄の中に頭を突っ込む。まるで、ド○えもんの○次元ポケットに頭を突っ込んで道具を取ろうとしているの○太くんのようだ(^^;
じたばたするリナをゼロスは鞄から引き離した。
「僕の鞄には食べ物は入っていませんよ?
もうっ人の鞄の中身を覗き込むなんて、リナさんエッチです」
なんでエッチなのかわからないが、ぽっと頬を赤らめていうゼロスの冗談は、今のリナにはなんの効果もなかった。
「こっちはお腹空いて苛立っているのよ!いい加減に隠し持っている食糧だしなさいよ!」
青筋をたてて、怒りの形相でくってかかってきたリナに、困った様子のゼロス。
「あの……リナさん?僕は魔族ですよ。魔族の僕が人間の食糧なんて持っていないですよ」
「ゼロスなら持っていてもおかしくはない!!」
「そうはっきり言い切られますと、僕としては困りますけども……。
だけど、残念ながら僕はリナさんが食べれそうな物は持っていません」
その言葉にリナは我に返ったのか、がっくりと肩を落とす。
「はあ……そうよねえ。お腹空いた〜。ひもじいよう……。
……そういえばさあ、サイラーグでの事件。コピーレゾじゃなくってフィブリゾの件ね。
あの時って人も建物もなんでも……あの時に飲んだジュースも、出された料理も、フィブリゾの一部だったのよねえ?」
そう言い寄ってくるリナに、ゼロスは不信感を抱き眉をひそめる。
「そのようでしたね?」
「それがねえ、結構おいしかったのよねえ」
「おいしかった……ですか?」
「うん、とっても(はぁと)だから、ゼロス食べさせて(はぁと)」
「へっ?………………えええぇぇっ!?」
猫なで声で言うリナのとんでもない言葉に、ゼロスは声をあげた。
「背に腹は代えられない!ゼロス、なんでもいいから料理になって(はぁと)」
「……冗談でしょう?」
「本気よ!!ミルサー料理〜!ニギダケ〜!ニャラニャラ〜〜!!!」
「リナさん?目が据わっていて怖いんですけども……」
一歩、また一歩と後ずさりするゼロスに、リナは一歩、一歩と寄ってくる。
目はギラギラ光らせ、口の端からはヨダレが流れている。きっとリナにはゼロスがおいしい料理に見えているのかもしれない。
「ラデリア牛の香草蒸し焼き!がうっ!がるるるぅ!」
「ちょっ!?リナさん落ち着いて下さい!噛みつかないでくださいよ!うわあっ!?」
(――しばらくお待ち下さい――)
「う〜ん!おいひい〜!この鳥肉さんの照焼きも、サラダの盛り合わせも!最高じゃない!
人間、おいしいものを食べている時は幸せ感じるわよねえ。
ゼロス、あのねえ、リナちゃんお魚さんも食べたいなあ?」
すでに20人前の料理を食べているだろうが、それでもお腹が満たされないのか、リナは愛敬いっぱいにねだる。
「もう、好きなだけ食べて下さい」
ため息ひとつつきそう答えたゼロスに、リナは喜んで席を立ちあがった。
「よっしゃ!おっちゃん!『鯛の活け作り』5人前を追加!」
「あいよっ!」
包丁を回し、客の注文通りに手早く料理をするおじさん。
ここは山のふもとにある村の小さな食堂。出されてくる料理は彼らが仕入れて調理したもの。誰かさんの一部ではないようだ。
「へいっ!かわいいお嬢ちゃんに鯛の活け作り!
こいつを頼むとは『通』だね!この鯛は新鮮だよ!こうして水に放してやるとさ、みてなっ!」
そういって料理長らしきおっちゃんが、刺し身にされて残った鯛の骨を水槽の中にほおりこんだ。すると、骨だけとなった鯛がスイスイと泳ぐではないか!?
「うおおおっ!おっちゃん凄い!」
「これが俺の包丁さばきの腕前ってもんだい!味の方も最高だぜっ!
おうっ連れの兄ちゃんはなんか食べねえのかい?」
「僕は食欲ありませんからいいです」
「そうかい?気になったんけど、そのマントとかについている歯形はなんだい?」
「これは秘密です」
ゼロスは歯形のついたマントをそれとなく隠し、にっこりと笑みを浮かべて答えた。
「このお刺身もおいひい〜!!」
「リナさんって、おいしい食べ物を食べている時って、本当に幸せそうですね」
「食べる事は人間生きるために必要なことだし、どうせ食べるならおいしいものがいいに決まってるじゃん!この食事があんたのおごりってのもあるだろうけどさ。魔族のあんたじゃこの気持ちわからないか。
おっちゃん!この『季節の茶碗蒸し』も5人前ね」
「……僕もその気持ち、わからないわけじゃないですけどもね」
そう、ゼロスは小さく呟く。
――さすがにあの時は僕もどうなるかと思いましたよ。魔族の僕でさえ、糧としようとするのですから――
「はあ……ちょっと疲れました」
「へえ、ゼロスでも疲れることがあるんだ?あたしはおいしいもの食べていれば、疲れも吹っ飛ぶけどね。もぐもぐ……」
――おいしいものを食べる――食べ物――糧――
幸せそうに食べているリナを眺め、そんなことを考えていたゼロスの瞳がきらりっと光ったように見えた。
「そうですねえ……。それにしても……リナさん、ほんとにおいしそうですよね。僕も食べてもいいですか?」
「ん??いいんじゃない?食べたければ?」
「ありがとうございます。それでは……」
――僕にとっての糧を――
そうゼロスが伸ばした手が触れたものは、何も考えずに答えたリナだった。
この後、ゼロスにとっての食事とは、自分とは違う事にリナは気付くことになりますが……後悔先に立ちませんね。