ALURE

里月


 

 【1】

いつものように、騒々しい食事を終えたリナ達一行。

リナとアメリアは、食後の運動にと適当にふらふら街をあるいていた。

「あれ? リナさん、なんか良い香りがしますね」

途中、立ち寄ったマジックアイテムショップの中でアメリアが言う。

「ああ、これ? 『ALURE』って香水よ。

昨日ゼロスがくれたの。あたしの誕生日プレゼントに、って」

ほこりっぽい店内をうろうろしながら、リナは一つのペンダントを手にとってさらりと答えた。

「――――――……ええぇ!? リナさん、昨日誕生日だったんですか!?」

一瞬の沈黙の後、割れんばかりの大声で驚くアメリア。

リナは、あまりの声の大きさに、思わず、その時手に持っていた儀式用の置物を取り落としそうになった。

「ちょっと、なんて声だすのよっ」

しかし、アメリアの反応も当然といえば当然。

これまで、かなり長い間ともに旅をしてきた仲間である。そのすべて、とまではいかないが、誕生日くらいは知っていてあたりまえなのだ。

彼女の方は、リナに誕生日を祝ってもらったこともある。

それなのに、自分はリナの誕生日すら知らない。

アメリアは、その事実に今ごろになって、初めて気付いた自分が恥ずかしくなった。

「みずくさいですよ! 私たちに何も言わないなんて!」

その恥ずかしさを隠すかのように、さらに声を大きくする。

リナは、もうそれを注意するでもなく店の散策を再開し、見つけた鋭い輝きを放つ黒ダイヤのピアスを手に取って、言葉を続けた。

「ん。 でも、別にわざわざ言うようなことでもないし……

 おっちゃーん、これいくら?」

アメリアとの会話もそこそこに。

リナの意識はすでに、その手の中の黒き宝石にあった。

「わざわざ言うことも無いって…………私達、仲間じゃないですか!?」

店のおくから、丸めがねをした人のよさそうな中年のおやじが、もみ手をしながら出てくる。

「お嬢ちゃん、みる目あるねぇ。ここらじゃ、ちょいとみかけない上物だよ。

 まあまあ、とりあえずはかけなさい。旅人さんかね?」

目を糸のように細くして、ずり落ちる眼鏡を治しつつにこやかに椅子を勧めるおやじ。

アメリアがまだ、何か言いたげに視線を投げかけるが、今はとりあえずおやじとの話が重要である。

「値段のほーもさぞかし良いんでしょうね?」

世間話で茶をにごしつつ、話題をそらそうとしたおやじに、シビアな質問をするリナ。

それでもおやじは、嫌な顔一つせず、

「いや、それなんだがね………………

 安くしてやらなくもないんだ」

「……はっきりしないわね。何かワケ有り?」

「聞かない方が良いと思うんだがねぇ」

「そこまで言われちゃ、聞かないわけにはいかないでしょ」

「そうかい? それじゃあ言うけど、それが、どんな目的の元に作られたのかは私も知らないんだ」

「なんじゃそりゃあぁぁぁっっ」

「まあ、待ちなさい。

だがね。それを持った人達が、次々に奇妙な死をとげているという事実だけは……」

「買った!」

説明が終わるのも待たずに、リナは叫んだ。

「お嬢ちゃん、今の話を聞かなかったのかね?

それを持った人達は皆…………」

話しているおやじ自身、相当コワかったらしく、顔面を蒼白にして、いかに恐ろしいかを自らの体でアピールする。

「おっちゃん、今のあたしの返事が聞こえなかった?

 それ、もらうって言ったのよ」

しばし絶句し、それでも商売人なおやじは、

「…………物好きなお嬢ちゃんだねぇ……」

つぶやきながら、そのピアスを磨き出す。

「当然、安くしてくれるんでしょ?

そんなワケのわかんないアヤシゲな代物、まさか高値で売らないわよね?」

リナが、にこにことコワい笑みを浮かべながら、おやじに詰め寄った。

「そうはいってもね、お嬢ちゃん。黒ダイヤだよ」

――――――にこにこにこ

「それも、これほど見事な細工はめったにお目にかかれるもんじゃない」

――――――にこにこにこにこ

「なにしろ、歴史が……」

――――――にこにこにこにこにこにこにこ

「わ、わかったよ。お嬢ちゃんにはまいったまいった。

金貨100枚にまけとこう」

「もう一声!」

「しょうがないねぇ。お嬢ちゃん、可愛いから特別だよ」

「わおっ、おっちゃん、太っ腹♪

 ついでに、綺麗にラッピングしてね(はぁと)」

「……はいはい」

 

「めずらしいですね。リナさんがあんな高価なもの、しかもなんの役にもたたないようなモノに大金払うなんて」

店の奥に入って行くおやじを横目でみつつ、アメリアが心底不思議そうにたずねた。

「たまにはいいでしょ」

答えにならない答えを返すリナ。

「……そうですけど…………」

「はいよ。お嬢ちゃん」

気付けば、いつのまにやら戻ってきたおやじが不器用そうに綺麗な包みを差し出した。

「さんきゅ、おっちゃん♪

 良い買い物させてもらったお礼に一つ忠告するわね。

 あーゆー気味の悪い話は、あんましお客さんにしないほーが売上があがるわよ」

妙に説得力のあるリナの言葉に、おやじは苦笑し、

「次からそうするよ……」

と、小さくこたえた。

 

【2】

それは、誕生日当日のことだった。

「リ〜ナさん♪」

気分よく、夜のおさんぽ……と称する盗賊いぢめから帰ってきたリナに、どこからともなく間の抜けた声がふってくる。

リナはその声に心当たりがあった。

「どっからわいて出た」

声の主を見もせずに言う。

「……そんな、人をハエやカみたいに……」

「似たよーなモンでしょーが。 で? 今日は何の用なの?」

なさけない声をだすゼロスを、今日初めて視界に入れて冷たく言い放つリナ。

しかし、それにめげるどころか、極上の笑みを浮かべてゼロスが言った。

「デートしましょう」

「月がキレイね」

その笑顔から視線を外し、突然空を見上げるリナ。言われてみれば、今日は満月だったりする。

つられて空をあおいだゼロスは、

「……会話がなりたってないと思うのは僕の気のせいでしょうか……?」

その状態のままでつぶやいた。

「あんたが馬鹿らしいギャグ飛ばすからよ」

「ギャグなんかじゃありません。

 リナさん、僕とデートして下さい」

「ヤだ」

「いや、あの…… せめて、話くらいは聞いて欲しいんですけど」

「嫌よ。どーせ、ろくな目にあわないもん。あんたといると」

「そう言われると否定はできませんが……」

「じゃ。 そーゆーことで」

「ああっ、ちょっと待って下さい!」

立ち去るリナを、ちょっと小走りに追いかけるゼロス。

「……なんでくっついてくんのよ」

「デートですから♪」

「ふつー、一方的に後をついてこられるのをデートって言う?」

「なら、手でもつなぎましょうか」

「……」

何を言っても無駄と判断したリナは、ついて来る存在をまったく無視して歩みを進めることにした。

 

「リナさん」

「……」

「リナさんってば」

「………………」

「リーナーさあぁぁぁん!」

「だあぁぁぁっっ! うるっさいわね!

 だから、一体何の用だって最初から聞いてるじゃない!?」

「HAPPY BIRTHDAY。リナさん」

その言葉と同時に、あたり一面咲き乱れる故郷の花。

そして甘い香り。

花の香りではない。もっと人工的に。しかし、より生々しく薫るのは、ゼロスの手の上にある小瓶。

琥珀色の液体の入ったそれには『ALURE』と書かれていた。

 

「アリュール。『魅惑』とゆう意味です。

 魔族である僕をも惹きつけたあなたの魅力は、そう呼ぶに相応しいと思うのですが」

リナは顔が赤くなるのを感じた。

「ゼロス……」

「はい」

「あんた、魔族のくせにやることがキザだわ」

「はい♪」

「それに、やり方が卑怯よ」

「はい♪」

「こんな……こんなの……嬉しくないわけないじゃないっ!」

「―――はい」

 

【3】

ドンッ!!

「とにかく! このままではいけないと思うんです!!」

握りこぶしをテーブルに叩きつけつつ、アメリアは、緊急召集をかけて食堂に集めた正義の仲良し四人組み(一人欠け)を見まわした。

「そうだな」

「考えてみれば知らなかったよな。リナの誕生日なんて」

口々に呟いて、妙に納得顔する二人。

「そうですよ! どうしていままで気付かなかったんでしょう!?

 特にガウリイさんっ、いいんですか!? ゼロスさんなんかに先を越されても!!

 リナさんだって人間なんですっっ」

「そうだぞ。リナも人間なんだ。……って、何が先を越されるって……?」

「いや……まあ、その言い方はちょっと恐ろしい物があるが…………

 とにかく話はわかった。だが、どうする?

 俺達の行動はほとんどリナと共にある」

「それなんですよね……問題は……」

アメリアは深く首を傾げ、ため息を漏らした。

 

「よろしければ、僕がお手伝いしましょうか?」

相変わらず、なんの前触れもなく現われるやつ。

解説するまでも無い。ゼロスである。

『……………ふっ』

3人揃って、とったリアクションがそれだった。

「あの……なにも反応してくれないのも、それはそれで寂しいものがあるんですが……」

カベの方を向き、一人、影を背負ってつぶやくゼロス。

「貴様っっ、ゼロス!! どこからわいて出た!?」

それなら、と言ったゼルの言葉に、彼はスックとたちあがると、嬉々として、

「そんな、ヒトをハエやカみたいに……」

言いかけて。

「…………つい最近も同じコトを言ったような気がするんですが……

そんなに嫌がられてます? 僕……」

再び影を背負って座り込んだ。

「まあまあ、ゼロスさん。丁度良いところに現われてくれました。

 実は頼みたいことがあるんです……」

いじけたゼロスの肩をぽんと叩き、顔を覗きこんで、アメリアが商談を始めた―――。

 

【4】

リナはどこかの洞窟をさ迷いながら困惑していた。

どうして自分がそんなところにいるのか、理解できない。

夜の習慣となっている散歩。そこまでは良い。だが、そこからさきが問題なのである。

盗賊のアジトは確かに森の中の洞窟にあった。が、迷うほどの奥深さではないはず。

考えられることは一つ。空間をねじられたのだ。

そんな芸当ができるのは魔族ぐらいのもの。だが、なんのために――――――?

リナは答えの出ない疑問に考えをめぐらせ、ひたすらその洞窟をさ迷っていた。

調べると、カベや天井はかなりもろい。これでは、呪文を使うワケにはいかないだろう。

トンネル堀の術あたりで上に穴でもあけようものなら、あっと言うまに生き埋めになりかねない。

「リ〜ナさん♪」

状況にそぐわない明るい声は、背後から突然かけられたもの。

当然、声に心当たりはあった。

「出たわね」

やはり、振り向きもしないで、一言。

「……そんな、オバケみたいにいわないで下さいよぉ」

「オバケのほーが、まだ可愛いわよ。

 ……って、コレ、あんたの仕業かあぁぁぁっ!?」

リナは、納得のいかない迷子にされた怒りをおもいっきりぶつけてみた。

「なんのつもりよ!?」

むなぐらをつかみ上げて、厳しく問いただす。

「い、いえ、ある人から頼まれたんですよ。リナさんを足止めするように、と」

「誰なの?」

「それは……」

ゼロスが口の前に指をもってきた瞬間、

「すとっぷ。もういい。あんたのそのセリフは聞き飽きたし」

リナの身も蓋も無い制止によって、その手が中をさ迷う。

「……そのうちわかりますよ」

秘密です。その言葉が言えなかったのをちょっぴり残念そうにしながら、ゼロスは優しく微笑んで言った。

「あ。そーだ、ゼロス。あんたにこれあげるわ。次に会ったときに渡そうと思ってたんだけど。結構早かったわね」

リナは歩きながら、懐から出しにくそうに小さなつつみを取り出すと、ぶっきらぼうに突き出した。

「なんです? いきなり」

「口止め料」

「なんのです?」

「だから……それは……その……あの時、あんた、あたしに……」

「ああ。あの夜のことですか。口止めとはまた大げさですねぇ。キスぐらいで」

いつものくすくす笑い。

「さらりと言うなあぁぁぁっっ!」

口止めプレゼントの時とは比べ物にならぬ速さで、懐からスリッパを取り出し、

スパァーーーン!!

ゼロスをひっぱたくリナ。

小気味良い音が洞窟にこだました。

「開けてもよろしいですか?」

動じず、何事も無かったかのようにゼロスが言った。

まあ、純魔族だし、本当に何事も起こっていないのと同じではあるのだが。

なんとも、手応えの無い話である。

「勝手にすれば」

リナは、次にゼロスをひっぱたく時は、スリッパにアストラルヴァインあたりをかけて挑もうか、などとくだらないことを考えつつ、不機嫌に応えた。

「なんでしょうかね……リナさんが僕に何かくれるなんて……」

いいながら、ごそごそと包みをあける。

「これは……見事な細工ですねぇ。高かったでしょう?

出てきたものは、昼間、マジックショップで買ったピアス。

「まーね」

「おや、負の感情のおまけつき」

むろん、過去に不幸な死を遂げたピアスの持ち主達の念である。

値切られたマジックショップのおやじの負の感情もちょっぴし混じっていたりする。

「あんたにはぴったりよ」

「ありがたく頂いておきます。さぁ、そろそろ行きましょうか」

「ちょっと……行くって何処に……」

「みなさん、お待ちかねですよ」

ゼロスが言うのと同時に、パアっと眩しい洞窟の出口が見えた。

――――――え……? 眩しいって……今は夜のはずなのに…………

 

「HAPPY BIRTHDAY!! リナさん!

 ……一日後れちゃいましたけどね……」

熊のぬいぐるみを差し出しながら、アメリア。

そこは、いきなり部屋だった。眩しいほど明るくした室内に、綺麗な飾りつけが施されている。

「誕生日だそうだな。おめでとう。どうして言ってくれなかったんだ?」

豪華な花束をくれたのは、ゼル。

「リナ。誕生日おめでとう」

なにやらオルゴールのような綺麗に飾られた箱を差し出して、ガウリイ。

「みんな……」

「私達、リナさんを驚かそうと思って……」

「ゼロスの奴に、おまえさんを宿から遠ざけてくれ、と頼んだのは俺達なんだ」

「リナ。ずるいぞ。こんなめでたいことを黙ってるなんて」

――――――これ……。こーゆーのが照れくさいからイヤだったのよ。

リナは真っ赤になって照れながら、

「……ありがとう、みんな」

――――――でも……悪くないわね。たまにはこうゆうのも……。

心の中でこっそりとつぶやいたのだった。

「では、しめくくりに僕からは、キスのプレゼントを」

唐突にふざけた事を言い出したゼロスに、

「いわんわぁぁっ!」

スパァァーーーンッ!

リナの魔法力のこめられたスリッパの一撃が下る。

それには、さすがのゼロスもふらついた。

『あははははっ』

ほのぼのとした笑いが響く。

「ところでガウリイさん、一体何をプレゼントしたんですか?

 私達がリナさんのプレゼントを選んでるときには、全然見かけませんでしたけど……」

ひとしきり笑った後、ふと思い出したようにアメリアがたずねた。

「ああ、あれか?」

リナも気になっていたのか、もらったまま手をつけていない箱の取っ手に手をかける。

「綺麗な箱ね。何か入ってるの?」

ギギィ……

箱は軋んだ音を立てて、あっさりと開いた。

「あれは……半魚人の手だ」

……………箱の中には、なにやら水かきのような得体の知れぬものがついた、気色の悪い手(らしきもの)のミイラが収まっていた。

楽しそうに箱を開けたリナの表情が、笑顔のまま硬直する。

「ガ……ガウリイ……なんだってまた、こんなモノをあたしにプレゼントしようだなんて……?」

「ほら、去年の夏にみんなで泳ぎに行って競争したとき、リナが話してたじゃないか。

 どうしても俺に勝てなくて、しつこくしつこく再勝負を挑みながら「水かきでも持ってればなー」って言っただろ? 俺、それだけはちゃんと覚えてたんだ」

「そ、そお……ありがと」

いらん事を、しかも激しく誤解したまま覚えている奴である。

普段のリナなら、そんなものを乙女の誕生日にぷれぜんとするなんて、と怒っていたところだが、今日は気分がいいので、一応礼を述べて、黙ってフタをとじた。

後でこっそり捨てることを固く心に誓いながら。

「ところで、リナ。おまえさん、ゼロスから何かプレゼントを貰ったそうだが?」

ゼルが突然鋭いまなざしを向けて言う。

「え? ああ、もらったわよ。昨日」

「何を貰ったんだ? 一体」

「いいじゃない、別に。なんだって」

「香水でしたよ。いい香りの」

横からアメリアが代わって言った。

「だ、そうだ。ガウリイの旦那。開いた差はかなり激しそうだな」

ガウリイの肩をポンとたたいて、ため息混じりに言う。

当のガウリイは、しばし呆けて、

「……なあ……それって、変な副作用があったりしないのか?」

唐突に妙に鋭い話を切り出した。

その場にいた全員が硬直する。

「そういえば…………」

「そうですよね……」

ゼルとアメリアが交互に、リナに聞こえない程度の声で囁きあった。

「失礼ですねぇ。僕がそんなことをするような人に見えますか?」

「おもいっきり見えます」

キッパリと言いきったアメリアに、微笑みながらリナが言う。

「これは大丈夫よ」

「どうしてそんなコトが言えるんですかっ?」

「大丈夫なのよ」

くすっ、と魅惑的な笑みを浮かべてその場の者を一瞥するリナ。

「あたしは疲れたからもう寝るわね。今日はみんな、ありがとう」

そして、ゼロスにだけ意味深な瞳を投げかけて、そのまますたすたと歩み去ってしまった。

 

【5】

リナは、宿の自室に戻って、ただただベッドに座っていた。寝るでもなく、本を読むでもなく。ただ、空中を見据えて、座っていた。

「リナさん♪」

期待していた声がかかる。

「待ってたのよ」

何もいない空中を見ながら、声に話し掛ける。

「おや。今回は歓迎してくれるんですか?」

言いながら、姿を見せたゼロスは、リナの正面にかがんで、瞳をみつめ返した。

「たまには、ね」

……静かに。とても自然に、口付けを交わす二人。

 

「おや? リナさん、良い香りがしますね」

 

「あんたこそ。いいピアスしてんじゃない」

 

――――――バカ。魔族のくせに……

 

END

 

………………この後の2人になにが起こったかは、ノーコメントにさせて頂きます。

うーん。、やっぱしあったのかな? 副作用。(笑)