愛と悲しみ(?)の青春小僧

匿名希望


 それはフィリアが留守なのをいいことに空を飛んでいた時だった。
 当然ながらそれは視界が開けるということで随分と遠くのまで見渡せる。
 フィリアの姿を見つけ、慌ててその辺りの屋根に着地して隠れる。
 見つからなかっただろうか?
 様子を見るため少し顔を上げ・・・・視線が固まる。
 フィリアは何か見知らぬ男と話している。
 頭に昇った血を必死に下げようと努力する。
 以前見知らぬ男かと思ったら合成獣じゃなくなったゼルガディスだったことがあるのだ。
 今度もそんなパターンなのかもしれない。
 かなり希望的観測で見つめていたが、残念ながらその男は記憶の中の誰とも思い当たらない。
 俺の知らない男と二人で会っていた?
 知っている男ならいいのかというとよくないのだが、少なくとも問いつめに行けるだろーが。
 不意にフィリアの隣を歩いていた男の位置が変わる。
 角度の関係だと自分にいいか聞かせるが、その体勢はキスしているようにも見えた。
 次に見えたフィリアの表情は笑顔だった。何もなかったようにもそれがうれしかったようにも見える。
 ・・・・はっきり言って、その場で飛び出さなかったことを奇跡だと自分でも思う。

「なあ、フィリア」
 あの後、フィリアを家まで送ってきた男の後をつけたのだがこっちは空が飛べるにもかかわらず巻かれてしまった。
 それで迷った末に、フィリアに尋ねようと思ったのだが。
「なあにヴァル?」
 フィリアがいつもと同じ笑顔で尋ねる。
 いつもと同じ、何もなかったように。
 ここで自分の勘違いだったんだと思えればどれだけ幸せだっただろう。
 けれどそうは思えなかった。それどころが会うことが特別じゃないほどしょっちゅう会っていたのかと勘ぐりすらしてしまう。
「・・・・あの男は何なんだよ?」
 それでも本当はもう少し婉曲に尋ねるつもりだった。けれど嫉妬は冷静な思考を奪う。
「あの男?」
 フィリアが小首をかしげる。かわいらしい仕草だが今の俺をなだめることは出来ない。
「昼間、男と会っていただろう?」
 どうして知っているの? そう聞かれることを予想していた。
 なのにフィリアはそのことは言わない。
「会ったの? どうやって紹介しようかと思ってたんだけど・・・・」
 紹介? 俺にか?
「貴方には父親が必要だと思って」
 一瞬、頭が真っ白になる。そしてそれが怒りに染まる。
「何だよそれ!? どうしてそうなるんだよ!?」
 フィリアは自分のことを俺の母親のようなものだと思っている。ならば父親というのは・・・・。
「大きくなれば母親に話せないこともあるでしょう?」
 それはある。今抱いてる感情はその最たるものだ。
 けれどそれはフィリア本当に母親だったらおそらく抱いていない感情だ。
 なのにどうして笑顔でこんな残酷なことをいうのだろう?
「そんなものはない」
 だからそういうしかない。
「そう?」
 初めて表情が曇る。
「だけど最近、時々つらそうよ?」
 返す言葉を失う。
「あ、ヴァル!?」
 その場にいることすら出来なくなり俺はフィリアに背を向け駆けだした。

 走る。ただ走る。
 当てもなく全力で。
 暗い夜道をひた走る。
 別に走りたい訳じゃない。ただ頭の中を空っぽにしたかった。
 けれど思い浮かぶのはさっきのことばかりで。むしろますますクリアになっていく。
 ろくに前も見ずに走ったせいだろう、見事なまでに転んでしまう。
 飛ぶ暇もなかった。考えてみれば随分久しぶりのことだ。
 地面に手をついたまま肩で息をする。
「莫迦野郎」
 八つ当たりなのは分かっていたが地面に右の拳を叩きつける。
 不思議と男の顔は思い出せない。思い出すのはフィリアばかりだ。
『貴方には父親が必要だと思って』
『大きくなれば母親に話せないこともあるでしょう?』
「フィリアを取られるために早く成長したかったわけじゃない!!」
 確かに大きくなりたかった。大人になりたかった。
 だけどそれはフィリアを守れるようになりたかったから。出来ればちゃんと一人の男として見てもらいたかった。
 そのために完全に失わなきゃならないなんて本末転倒だ。
 ・・・・本当は、フィリアが幸せならばちゃんと祝ってやるのが筋というものかもしれない。
 やっぱり俺は子供だ。惚れた女が違う男に幸せそうに微笑むのを見ていられるか。
 何も告げてないくせに勝手かもしれないが、誰ならこの状況でいえるんだ!?
 母親代わりだったはずの女に惚れて。それでもその関係を壊せるほど大人じゃなくて。大事に思う気持ちと同じぐらい欲望を抱えていて。
 そりゃつらい。けれどフィリアを失うことに比べればこんなものつらさのうちに入らない。
『いっそ何もかも壊してしまえ』
 俺の知らない自分がどこかでささやく。
 俺はひたすら地面を殴り続ける。
 気がつくと手には血が滲んでいた。
 それでもこんなものはつらさのうちに入らない。

 結局フィリアに会わす顔がなくてそのままその辺りをぶらついて夜を明かした。
 考えてみれば無断外泊は初めてだ。実際は寝てないが。
 いくら俺でも普通に遊ぶし友達もいる。フィリアのことばかり考えてる訳じゃない。
 けれどフィリアが待っていることが分かっていたから。無意味にふらふら遊び歩くことはなかった。
 ・・・・今日も待っていてくれただろうか。
 冷たい夜気でも頭は冷えない。むしろ寝不足で思考力はさらに鈍っているだろう。
 そのせいだろうか。
 俺はどうしてもそれを確かめたくなった。
 それでも家に帰る頃にはためらう気持ちが頭をもたげ、結果、扉の前で突っ立っていることになったわけだが。
 不意に扉が開き、体を固くする。
「親分!?」
 出てきたのはジラスだった。
「一晩、どこ行ってた?」
「心配かけたか。悪かった」
 今更ながら、とんでもないことをしたような気がしてくる。
「姉さん、寝てない」
 ・・・・正直、うれしくなかったといえば嘘になる。
「そうか。・・・・・・・・で、フィリアは?」
「神殿」
 ・・・・何だよ? それ。
 まさか俺のいない隙に結婚式挙げちまおうとか考えたんじゃないだろうな!?
「親分!?」
 冗談じゃない。
 駆け出すが足がもつれ気味だ。くっそ、こんなことならちゃんと寝ておけばよかった。
 この辺で神殿といえば一つしか思い浮かばない。本当に小規模な場所で、神に祈るための場所というより結婚式や葬儀の時に集まる集会所みたいなものだ。だから何か神殿にわだかまりがあるらしいフィリアも案外と普通に行っている。
 俺が反対すると思ったのか? いやするけど力一杯。
 だからってこんなこっそり・・・・。
 裏切られた気分だった。
 いや、おそらく俺が先に裏切ったんだろう。
 フィリアに恋愛感情を持った時点で。
 神殿に着く。扉が閉まっている。
 立ち止まり少し息を吸う。
 勢いよく扉を開け放った。
「フィリアーっっっっ!!」
 その絶叫にフィリアと横に立っていた男が振り返った。現物を見てようやくあのときの男の顔を思い出す。
 けれどそれだけだった。礼拝の日ではないから一般の参拝客がいないのはまあいいとして、フィリアが普段と同じ服なのは百歩ゆずって急いだからにしても、二人は別に神の御前に立っていたわけではないし、永遠の誓いを促す存在もいない、僧服を着ているのは男の方で・・・・。
 って?
 考えがまとまらない。寝不足の弊害だ。
「ヴァル」
 フィリアが駆け寄ってきた。思いっきり抱きしめられる。・・・・いやだから、思考は出来なくても本能はあるんですけど。
「心配したのよ」
 ・・・・泣いてる?
「・・・・ごめん」
 心から謝る。
「見つかってよかったですね、フィリアさん」
 僧服の男がそう声をかける。
「ええ」
 フィリアは手を放すと僧服の男に向き直った。その体温を名残惜しく思うが引き留めるわけにもいかない。
「本当にご迷惑をおかけして・・・・」
「いえいえ」
 僧服の男はやおらこっちに向き直った。
「フィリアさんは貴方に何か気に障ることを言ったのではないかと相談に来たんですよ」
 フィリアに視線を向けるか涙を拭いている最中で何を考えているかは読めない。
「そうでなくても最近母親の自分では貴方の力になれないんじゃないかと悩んでいらして。ですから『僕でよければ父親の代わりに彼の話を聞きましょうか?』と」
「・・・・ちょっと待て」
 相談? 父親の代わり?
 フィリアが悩んでたことを気づかなかったのも問題だし、その原因が間違いなく俺にあるってのも問題だし、そうじゃなくてもおそらく俺には相談してくれなかったんだろうなってのも情けない限りだけど・・・・。
「フィリア、結婚するんじゃなかったのか?」
「はい?」
 きょとんとするフィリア。おいおいマジかよ。
 足に力が入らなくなって座り込む。しょうがねえだろ、寝不足に全力疾走に気が抜けたんだから。
「ヴァル」
 フィリアが心配そうにのぞき込んでくるが返事が出来ない。悪い、今はどこからかこみ上げてくる笑いを抑えるのに精一杯だ。
「貴方のお母さんを取ったりはしませんから安心してください」
 僧服の男が言う。ようやくフィリアも俺が言っていた意味に気づいたらしい。
「例えそんな人が出来たとしても、ヴァルの方が大事よ」
 それは母親としての言葉なんだろうけど。
 それでも涙が出るほどうれしかったから。
 やっぱり俺はまだ子供でいるだろう。
 もう少しは。

  おまけ

「しかし貴方がフィリアさんに惚れていたとは驚きましたねぇ」
 最近この辺りに赴任してきたという僧服の男――名前聞いたけど忘れた――に言われて俺は香茶を吹き出しかけた。
「な、な、な・・・・」
 フィリアのせっかくの気遣いだし、一応フィリアに近づく男を監視できるわけだし? ・・・・正直信用できるなら聞いてみたいこともあるので男のところに様子を見に来ていた訳だか。
「・・・・おまえが母親を取らないとか言ったんだろうが・・・・」
 ようやくそれだけ返す。
「おや? フィリアさんにばらされた方がよかったですか?」
 ・・・・いや、よくないけど、少なくともあの状況では。
 とりあえずこいつは信用できないの決定だ。
「いやですねヴァルガーヴさん、そんなに警戒しなくても」
「するに決まってるんだろ」
 反射的に怒鳴ってから気づく。俺をヴァルガーヴと呼んだ。過去にもそう呼ばれたことが何度かあったが、フィリアがそんなことまでしゃべってない限りこいつが知ってるはずがない。そしてこのしゃべり方・・・・。
「ゴキブリ魔族」
「ゼロスですって」
 ややいじけた感じて言いながらあっさりと姿を以前見たものに変える。
 時々リナ=インバースにくっついてきてフィリアに追い払われていた魔族だ。一応高位らしいがよく分からない。
 ・・・・どっちにしろ、このことをフィリアが知ったら曲がり間違っても恋に落ちるなんてことはなさそうだな、うん。
「冷たいですねぇヴァルガーヴさん、僕と貴方の仲じゃないですか。もっと早くに相談してくれればほかにもやりようがあったのに」
「どんな仲だ」
 本当に得体の知れないヤツだ。
「やりようって何のだ?」
「秘密です、今はまだ」
 つきあいの浅い俺は、ゼロスの目が微笑っていないということの意味をまだ知らなかった。

  嘘予告

「こんなことをするぐらいならあのとき止めなければよかったような気もするんですけどね」
 ゼロスは相変わらず真意の分からない微笑みを浮かべている。
「まあ、力を利用するのはとにかく、直接出てこられては困るということでしょう」
 ゼロスの手によってかつての記憶と力を取り戻したヴァル。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ヴァル!?」
 しかしそれは今のヴァルには抱え込めるものではなかった。暴走するヴァル。止めようとするフィリア。それは世界のためか、それとも・・・・。
 果たして世界はどうなるのだろうか? そしてヴァルの恋心の行方は?
 『愛と悲しみ(?)の青春小僧』の意味深なおまけから数日、あるいは数年。ゼロスの言葉の意味が明かされる。
 青春小僧シリーズ初(?)の設定に関わってくる話『たぶんさよならの青春小僧』現在執筆・・・・してないよ『TRY』の設定忘れてるし。
「愛してるよ――フィリア」