匿名希望
「なあ、フィリア」
そういいながら俺はフィリアの部屋の扉を開けた。
「どうしたのヴァル、こんな遅くに。ねむれないの?」
柔らかい笑顔でフィリアは俺を迎えてくれた。
ふと、それに違和感を感じる。
「・・・・なあ、フィリア。確か昔は俺が夜中に起き出すとずいぶんおろおろしてたよな」
「・・・・覚えてたの?」
そう、確か夜中に目を覚まして心細くなってフィリアの部屋に行くと『どうかしたのヴァル!?』って血相変えて・・・・考えてみると子どもが目を覚ましただけにしてはいささか過剰な反応を示していた。
「どうしてなんだ?」
「・・・・思い出したのかと思って・・・・怖かったから」
フィリアの返事はどこか歯切れが悪い。
言葉の意味は実はよくわからなかったのだが、その様子からふれてはならないことだと言うことはわかる。
「今は怖くないのか?」
代わりにそう尋ねる。
「信じてるから」
また意味不明の答えが返ってきた。
「何を?」
「あなたを。そして一緒に過ごした時間を」
ますますわからない。
「久しぶりに一緒に眠る? 子守歌を歌ってあげるわ」
おいおいおい。
そんな小さな子どもに言うような台詞を・・・・しかもいくら親子みたいだからって血がつながってない男に言うかぁ!?
・・・・そうは思ったが、あまりにも幸せそうにほほえんでいるフィリアを前にしては言葉にならずない。
ほかに選択肢はない。俺は無言でフィリアのベッドに潜り込んだ。
横にフィリアの体が滑り込んでくる。・・・・頼むから持ってくれよ、俺の理性。
フィリアの口から紡がれるきれいな歌声。
軽く俺の体を叩くフィリアの手。全く、赤ん坊をあやしているんじゃあるまいし。
・・・・結局フィリアにとっては俺は単なる子どもでしかないんだな。
まあいいさ。こういうのも悪くない。・・・・今はまだ。
俺はこの部屋に来た用件を眠りと共に意識の奥に沈めていった。
「お休みなさい、ヴァル・・・・」